旅の終着地クロアチアの首都ザグレブに到着しました。

ザグレブは11世紀末に丘の上に建設された司教座を中心とした聖職者の町カブトルと13世紀に商工業の街として発展したグラデツが合併した街。
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明るく開けたカブトルの丘の上に立つ聖母被昇天教会
青空に塔がひときわ高く見えます。

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聖堂内の壁面全体に書かれた見たことのない文字
グラゴール文字というのだそうです。

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かつてスラブ民族は文字を持っていませんでした。
キリスト教布教のためギリシャの聖職者であるキュリロスとメトディウスという兄弟が作ったのがグラゴール文字。
その後グラゴール文字に代わりキリル文字が使用されることになったのですが、クロアチアでは近代にいたるまで使用されたということです。

カブトルからだらだら坂を下りると雰囲気が変わります。
かつてはカブトルとグラデツを隔てる川だった通り、皮なめしの職人の水車や娼婦宿が並んでいたそうです。

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かつてグラデツは城壁に囲まれていたそうですが、その名残の石の門
18世紀の火事の時にも無事だったマリア像が祭られています。

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坂を上ると聖マルコ教会
かわいらしいモザイクの屋根が印象的です。

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急な坂道を降りると街の中心にあるイェラチッチ広場
中央には民族独立の英雄イェラチッチ将軍の銅像
社会主義時代には撤去されていたそうですが、1991年に元の場所に戻されました。

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広場で開かれているマーケットで残りのクロアチア通貨クーナ(17クーナ)を使ってハーブティーを買っていると
ドラムの音が聞こえてきました。

黒と赤の中世風衣装をつけた男たちが整然と並んで聖母被昇天教会方面から広場を抜けて歩いていきます。
4月から9月の週末だけ行われている衛兵の行進でした。

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さて、クロアチアでの日程はすべて終了
郊外の競技場地区にあるホテルに宿泊(ヨーロッパ柔道選手権の選手たちと同宿でした。)

翌朝国境を越え、オーストリアのグラーツを発ち、ミュンヘン経由で帰国の途につきました。






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# by small-small-world | 2017-08-31 14:54 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

太古には海底にあり、隆起して現在の地形になったというクロアチア
ディナルアルプスの一帯には石灰岩のカルスト地形が点在しています。
世界遺産になっているプリトビィツエ湖畔国立公園もその一つです。

内戦時にはセルビア側に占拠され、一時は危機遺産になったということですが、今では地雷なども撤去され元の姿を取り戻しています。

標高差約100メートルの緩やかな斜面を山間部からの水流が流れ落ち、その途中に石灰質堆積物(石灰華)が自然のダム作り上げています。

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緑豊かな遊歩道を歩いていくと、大小いくつもの滝が現れます。
プリトビィツエでは、下から歩くのがお勧めです。

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下の湖沼群から上の湖沼群へは船で湖を渡ります。





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道すがらには可愛い花が咲いていました。


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楽しくてあっという間の散歩でしたが、10キロほど歩いていました。

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# by small-small-world | 2017-08-29 14:13 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

ボスニアヘルツェゴビナのモスタルからまた国境を通りクロアチアへ。
今回の旅行では何度も国境を越えましたが、国境を越えるには早くても40分、長くかかるときには1時間半くらいかかりました。

検問にはいろいろなやり方がありました。
バスから下車し、検問所で一人ずつパスポートチェックを受ける。
係官がバスに乗り込んできて、一人ずつパスポートを提示する。
添乗員がパスポートを集め、運転手と一緒に検問所に行き、チェックを受ける。
運転手が検問に来た係官に「日本人だよ」と言ったら、即OKということもありました。

時々トイレ休憩のために停車するドライブインで運転手が2,3本の飲み物を購入するのを見かけました。
後で気づいたのですが、検問の時運転手は検問所の係官にそっと飲み物を渡していました。

バルカン半島を抜けて移動する難民対策なのでしょうか。
もとはユーゴスラヴィアという一つの国家だったのに、複雑なことです。

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                   (写真は観光客でにぎわうモスタル旧市街)

ボスニアヘルツェゴビナからクロアチアへ入るあたりだったでしょうか。
ひときわ新しい家々が並ぶ地域がありました。
ドイツあたりに出稼ぎに行った人たちが建てた家々だということでした。

ムスリム人、クロアチア人中心の政府とセルビア人主体の政府が並立する複雑な政治形態。
内戦で傷んだ国土。
国際援助なくしては成り立たない国民生活。
ほんの数時間のボスニアヘルツェゴビナ滞在でしたが、考えさせられました。






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# by small-small-world | 2017-08-29 11:13 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

アドリア海沿いに南下してきた今回のバス旅もいよいよ折り返し。
北上してボスニアヘルツェゴビナのモスタルに向かいました。

ドブロブニクからは国境を越えて約3時間
クロアチアとはどことなく雰囲気が違います。

長くオスマントルコの支配下にあったモスタルは
バルカン半島内の交通の要衝でした。

ネレトヴァ川の西岸にクロアチア人、東岸にムスリム人が住み分けてきたのですが
20数年前の内戦時には川を挟んで両者が戦いあいました。

バスを降りると、アパートの壁に無数の銃弾の痕。
川沿いの教会も破壊され、再建したもの・・・
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戦いあった日はほんの最近のことだったと
心が引き締まる思いでした。

ネレトヴァ川にかかる高さ20メートルのアーチ型の橋スターリ・モスト。
内戦時にはクロアチア人によって破壊されてしまいましたが、
内戦終了後ユネスコや各国の援助で復元されたそうです。

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橋のたもとにはDon't forget 1993 の碑

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橋の東側はモスリム人の居住する地区
石畳の道の両側に土産物屋が並んでいます。

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トルコには行ったことがありませんが、
トルコのような雰囲気だそうです。

1900年頃の写真を見るとトルコ帽にゆったりしたパンツの人々が行きかっていました。

モスタルは銅細工が盛んだそうで、店々から銅板を打ち出す槌音が聞こえていました。

坂を上り切ったところにはイスラム教のモスク
このモスクも内戦後再建されたものとか。

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内戦で破壊されたままの建物の残る町をバスで移動し昼食のレストランへ

この地方の料理というチェバブチッチをいただきました。
皮なしのソーセージのようなものでした。

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# by small-small-world | 2017-08-27 15:21 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

クロアチアの南、モンテネグロのコトルまでは国境を越え、バスで3時間弱。
コトルは深く入り組んだ入り江の最奥にある世界遺産の街

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深く切れ込んだ入り江はまるで湖のよう。
対岸の山を眺めながらかなり走り、やっと到着

バルカン半島の西岸に位置するコトルは歴史の波に洗われてきた町
ヴェネチアに支配されてきた時代が長く、城門にはヴェネチアのライオンの紋章が。

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城門を入るとこじんまりとしたでも華やかな時代を彷彿とさせる街並みです。

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12世紀に建造された聖トリブン教会
小さな町コトルにふさわしいサイズ。

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背後の山には4.5キロにおよぶ城壁が連なっています。
ストンといいコトルといい街をオスマントルコから守る城壁が必須だったのですね。

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城壁の途中に立つ教会までは10分ほどで登れたのだそうですが
ガイドがそのことに触れなかったので登りませんでした。
コトルの街並みや湾を見下ろすことができたのに残念でした。

滞在時間が1時間ほどあったので、湾で養殖されているムール貝をいただきました。
山盛りのムール貝とワインで10ユーロでした。

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モンテネグロは独立後通貨を持たず、ドイツマルクを使用していたそうですが
ドイツがユーロを使い始めた後、モンテネグロもユーロを使用することになったそうです。

売店で「クロアチアのクーナで支払ってもいいですか」と聞いたら
露骨に嫌な顔をされました。
内戦は終わったけれど、感情的なしこりはなかなか癒えるものではありませんね。




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# by small-small-world | 2017-08-26 22:44 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)