クロワ・ルースの丘を歩く~リヨン&アルザスの旅(7)

リヨンには二つの丘があります。一つはフォルヴィエールの丘、そしてもう一つがクロワ・ルースCroix Rousseの丘です。(写真は、ソーヌ川の橋の上からみたクロワー・ルースの丘)

c0039428_0103763.jpg


リヨンの産業といえば、昔地理の時間に「絹織物」と習ったものです。クロワ・ルースは絹織物産業の中心地だったところです。

リヨン2日目はそのクロワ・ルースの丘に登ることにしました。

  
地下鉄で市庁舎前まで行き、テロー広場の裏手から歩き始めました。
華やかな旧市街とこのあたりは趣きがまったく違い、ほんとうに庶民の町。
急な階段の両側に19世紀初頭頃に建てられた建物が並んでいます。

c0039428_2331344.jpg



絹織物職人はもともとはソーヌ川沿いの平地に居住していたそうです。
19世紀初めにJoseph-Marie Jacquard がまったく新しい織機を発明し、それまで特別な職人にしか織ることのできなかった複雑な模様を織る作業を単純化しました。
新しい織機を使うために職人たちは、クロワ・ルースの丘を切り開いていったのです。


写真が、その新しい織機です。
複雑な模様を織り出すための縦糸の構成をパンチカードに打ち込み、単純な横糸の操作だけで、模様を織り出せるようになったのです。
以前京都西陣の織元を見学したことがありますが、西陣でも彼の発明した織機を使用していました。

c0039428_23202241.jpg


クロワ・ルースの建物の内部は、この織機のために天井が高く作られているそうです。
最盛期には30000人を越す織工がこの丘に住み、丘一体に機を織る音が響いていたのだそうです。

登り道の多い地味なコースですから、もちろん観光客の姿など見ることはできませんが、歴史見学コースの地図を見ながら登っていくフランス人には何人か出会いました。

c0039428_2331947.jpg



連なる建物間にはトラブールTraboulesという通路があり、織工達は、街路に出ないでも織り上げた布地を運ぶことができたそうです。
是非そこを通ってみたいと思っていましたが、個人で歩いているとどこが入り口かわかりませんでした。
リヨン市がたまに開催するガイドツアーにでも参加すれば、入れたのでしょうけれど。

クロワ・ルースの丘を登りきると、そこには意外なほど賑やかな商店街になっていて、広場のマーケットでは住民たちが野菜など買い求めていました。

c0039428_23202081.jpg


リヨンの織物業は1960年頃に途絶えてしまったということですが、織工達はそのままこのあたりに住み続けているのでしょう。

広場の中央に大きな石像が立っているので、近づいて誰のかを確かめてみました。

やっぱり!
Joseph-Marie Jacquardのものでした。
彼に感謝して、織工たちが立てたもののようでした。

c0039428_233108.jpg



クロワ・ルースからは階段を使ってまっすぐ降りました。
対岸のフォルヴィエールの丘がきれいに見えました。

c0039428_23201097.jpg

[PR]
by small-small-world | 2011-08-22 00:12 |   リヨン&アルザス2011 | Comments(0)