深谷を歩く(1)~煉瓦工場

久しぶりに「駅からハイキング」の企画に乗り、埼玉県深谷市を歩いてきました。(11月13日)

深谷には、明治時代からのレンガ工場があり、また渋沢栄一の生家なども残っているので、一度訪ねてみたいと思っていました。でも、ちょっと遠いのでなかなか実行できませんでした。

JR東日本の「駅からハイキング」は、いいきっかけでした。
「駅からハイキング」は参加自由で拘束されることなく、マイペースで歩けます。テーマがはっきりしていて、地元の協力があるので、道案内もしっかりしているのも安心なところです。

            「駅からハイキング」→→★★★

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深谷は煉瓦の町。深谷駅の駅舎は東京駅を模した立派な煉瓦作り。

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駅前では、ゆるキャラが出迎えてくれました。


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今回のハイキングは、深谷市の渋沢栄一没後80年を記念する深谷市のイベントの一環のようで、ボランティアの方々がおそろいの野球帽をかぶって道案内に参加されていました。


コースは全長16キロ、見学時間を入れ6時間。
いつも歩いているのは8~10キロ程度なので、疲れたらどこかでドロップアウトしようと、最初から弱気なスタートでした。

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かつて煉瓦工場と深谷駅を結ぶ引込み線の跡が遊歩道になっています。
いろいろな種類の樹木が植えられ、しかもとてもきれいに剪定されています。ハナミズキの紅葉がとてもきれいです。


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深谷といえばネギ。
ネギ畑が広がっています。


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遊歩道には明治時代に引込み線が敷設されたときからの鉄橋がふたつ残っています。
イギリス人技師ボーナルが設計したものだそうです。


明治20年、渋沢栄一らによって設立された日本煉瓦製造会社
欧米風の煉瓦つくりの官庁街を造るためには、当たり前のことながら、まずは煉瓦を製造することが必要でした。政府の要請を受けた渋沢栄一は明治21年故郷の深谷に煉瓦工場を建設したのです。
往時には、6基の炉を持ち、大量のレンガを生産。東京駅はもちろんのこと、赤坂迎賓館、慶應大学図書館等々、明治大正期を代表する文化財的な建造物は、みんなここ深谷の煉瓦工場で生産された煉瓦でできているのだそうです。

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煉瓦工場にもボランティアの方たちが待機して、見学者の質問に対応していました。
みんなが一様に疑問に思ったのは、材料は、どこから持ってきたのかということ。


ボランティアの方の解説によると、材料の土は、地元深谷のものだそうです。
畑地を水田に変えさせ、掘りだした粘土質の土を焼いたのだそうです。米のほうが農家にとって高く売れたので農家にとっても助かったのでしょう。深谷の土を使い尽くしてからは群馬県富岡あたりの土を運んできたそうです。

都内の文化財の多くが深谷の土が原料だったとは、おもしろいと思いました。

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レンガの製造は平成18年まで行われていたそうですが、今残るのは明治時代から使われてきたホフマン炉1基のみ。公開されるのは1年に1回だけだそうです。

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by small-small-world | 2011-11-17 22:57 | Comments(0)