スプリット~クロアチアの旅(9)

スプリットに向かう道路の海沿いでは石で作られた塔が所々でみかけます。
オスマントルコの襲撃を見張るための塔だそうです。

道路わきには鮮やかな黄色のエニシダが咲いています。
エニシダの学名はSpartiumというそうですが、エニシダがたくさん咲いているので
大昔のギリシャ人たちはこの地をスプリットと名付けたのだそうです。

ローマ皇帝ディオクレティアヌスが自分の隠居場所として
故郷に近いこの地に295年から305年までかけて築いたのが現在のスプリットの始まりです。

一辺が200メートル近い城壁に囲まれた巨大な城
隠居所というより砦のようです。(写真は案内の看板です)

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この砦のような宮殿は海に面していたそうですが、今では埋め立てられています。

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郊外の丘から水道橋を建造し、水を引き込んでいたそうですが
その水道橋は今でも使われているということでした。

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中央部にあるディオクレティアヌスの霊廟は後世教会に作り替えられています。
栄枯盛衰を感じます。


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かつてのホールの廃墟ではコーラスグループがクロアチアの音楽を歌ってくれました。

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巨大な宮殿はその後一般人が住みつき巨大な町になってしまいました。

宮殿の地下はそれまで食物の貯蔵に使用されていたらしいのですが、
その後1000年以上にわたり住民たちの巨大なゴミ捨て場になってしまいました。

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長い年月の間にゴミは炭化してしまったのですが、
逆に地下室の構造は今でもかつてのままに残っています。

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城壁の内部には後世入り組んだ路地ができ、建物がぎっしりと建ってしまいました。
ほんとうに入り組んでいるので、私たちは迷子になってしまったほどです。

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城壁の裏門をでたところには10世紀の司祭グルゴール・ニンスキの巨大な銅像が立っています。
ラテン語のミサが中心だった時代に一般人にもわかるようにクロアチア語でのミサを行った人だそうです。

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by small-small-world | 2017-08-21 10:53 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)