カテゴリ:★旅( 40 )

伊豆高原にやってきてから10日目(途中所用があって一泊二日帰宅しましたが)。

静岡では一昨日に桜が開花したそうですが、ここ伊豆高原の桜並木の開花はまだ。
でもつぼみが膨らみ先端に紅色の花びらが見えてきたので、もうまもなく咲きそうです。

南大室台から桜並木を下り、伊豆高原駅から橋立つり橋まで歩いてきました。
駅からつり橋に向かう川沿いの道は初めて歩く道でした。でも海岸線に出て、思い出しました。
大淀、小淀と呼ばれる海岸の自然プール。ずっとずっと昔、伊豆急が開通する前に来たことがあるのです。
伊豆高原が観光地として開発されるずっと前のことです。
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橋立つり橋。
門脇つり橋は観光客でいっぱいですが、ここには誰もいません。
周囲の景観も雄大ですし、なかなか魅力的なつり橋です。
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伊豆高原駅あたりに戻ると空が茜色に染まっていました。
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並木のソメイヨシノも、ちらほらと開花が始まっていました。
明日あたり本格的に咲き始めるでしょうか。
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by small-small-world | 2012-03-28 23:39 | ★旅 | Comments(0)

檜原都民の森

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奥多摩檜原村数馬から車で10分ほど登ったところにある檜原都民の森(→→☆☆
入り口の駐車場あたりで、標高1000メートル
ここまでくれば、都内とは思えない登山やハイキングが楽しめます。


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本格的なコースもあるのですが、私が歩いたのは一番気楽な大滝の路セラピーロード(→→☆☆
元は林道として切り開かれた道のようですが、高低差もなく、樹や草を眺めながら気楽に歩けます。


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コースの終点は三頭大滝
深山の趣のある場所にこんなに簡単に来られて、なんだか申し訳ない気分です。


都民の森入り口近くにある森林館に立ち寄ったところ、おもしろそうなことを発見しました。
もう夕方になっていたので、翌朝一番に再訪しました。
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森林館の一部に木材工芸センターがあって、自由参加の木工教室を毎日開いているのです。
材料費だけで、いろいろなものが作れます。

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本立て、巣箱、掛け時計・・・・
檜財で作られた見本は、とってもいい香り


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連れ合いが作ったのは「孫のいす」(ネーミングがにくいですね)
接合部の角度をきっかり90度にあわせて。
なかなかいい具合にできました。

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私が作ったのはマガジンラック
大きいので見栄えがしますが、実はすでに材が切られているので、それほど大変ではありませんでした。
なにかデザインを加えようと今考慮中です。


1時間ちょっとで完成!
参加費はどちらも1000円でした。
とってもいいのが出来上がって満足です。それに楽しかった!

ダイニングテーブルや本棚を作る教室もあるそうなので、近所ならまた参加したいところです・・・・

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無料参加で電動糸鋸を使って、キーホルダーを作りました。
電動糸鋸を使うのは初めてなのでちょっと緊張しましたが、なんとか形になりました。
恐竜です。
これは、先日東京科学博物館に連れて行って以来恐竜に関心を持ったHaruくんに4歳の誕生日にプレゼントするつもりです。001.gif

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by small-small-world | 2011-05-06 13:15 | ★旅 | Comments(0)

兜作りの民家の宿

奥多摩桧原村に古い民家を使った宿があるということを聞いたことがあって、気になっていました。

せっかくのゴールデンウィーク
遠出もいいけれど、近いのに知らなかったところに行ってみるのもおもしろそう。
WEBで検索したら、簡単に発見できました。

東京都の西のはずれ
山梨県との県境に近い桧原村数馬という谷間の集落があります。
地図で見ると虫眼鏡でみたいような小さな文字で書かれた集落です。

その最奥にあるのが、今回宿泊した旅館です。(HPはこちらです。→→☆☆
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築200年の兜作りという大きな茅葺きの民家です。
もともとはこの地で19代を数える農家
田畑のあまりないこの地では養蚕と林業が主たる生業でした。大屋根は養蚕のため
谷間の地で日照が悪く、桑の葉が痩せているので多量の桑の葉をやらなければならないので、それは重労働だったということです。


c0039428_11341739.jpg数馬には隣接する甲斐地方の影響で兜作りの農家がかなりあったということですが、現在でも当時の姿をとどめているのはここだけということでした。
山間部だけあって立派な材木が使われています。


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兜作りの母屋の真横に同じコンセプトで増築された旅館部分があります。
囲炉裏がしつらえられ、渓流の水音を聞きながら静かな時間をすごすことができるのは、ゆったりした気持ちを取り戻すことができる感じがします。
テレビのない静かな生活もいいものですね。


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山里の宿なので、食事は山菜料理
少量ずつ、いろいろな山菜料理の小鉢が出ます。
ローカロリーですが、若い人にはちょっと物足りないかな??



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春爛漫
山里の桜は今が満開
山々の木々の若葉も輝くばかり
本当に美しい季節です



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朝食前、かまどでもち米をふかし、母屋の土間で餅をついてくれます。
もともとは農家で民宿をしていた家
宿の主人夫婦が準備し、若主人が勢いよくつきあげます。

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緑菜と入れてついているので「ヨモギですか」とたずねましたが、ヨモギではなくオオヤマボクチの葉だということでした。    (→→オオヤマボクチ
「昔は増量のために入れたものなんだけれど、今ではこれが贅沢ということになってしまって・・・・」と割烹着姿のこの家の主婦は複雑そうでした。
物のない生活の中で、山野から採取した草や実を調理したり保存したりしてきた山村の知恵が、都会からやってくる客にとっては贅沢な経験ということになるのですから、苦しい時代を知っているこの主婦にとっては確かに複雑なことに違いありません。
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by small-small-world | 2011-05-01 11:23 | ★旅 | Comments(0)

無言館~初冬の塩田平

塩田町駅から南へ2キロほど歩いた山すそに無言館があります。
             
                ⇒⇒「無言館」

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坂道を登っていくと静かさを湛えた建物が建っています。

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打ちっぱなしコンクリートの飾り気のない外壁に「無言館」の文字
重い木扉を押し開けると、まるで修道院の中のような薄暗く開けた空間

第二次大戦に応召され、戦死した画学生の絵や遺品が展示されています。
絵には、画学生の戦没地や戦死した年齢。エピソードや遺族の思い出話が添えられています。

多くの人の戦没年齢は二十代
戦後64年。生存していれば90歳前後の方々です。

残された日記やはがきには、家族や生きることへの想い、覚悟が語られ
読んでいると、自然に涙がにじんできます。

実は、私にもフィリピン、ルソン島バギオで戦死した叔父がいます。
私の父の末弟。みんなに愛されて育った末っ子でした。
美術学校の卒業ではありませんでしたが、油絵を描いていて、実家には何枚かの作品が残されていましたが、かなりの腕前だと思います。ポピーを描いた作品は今でも兄が部屋に飾っています。
口を閉ざして、戦死した息子のことをあまり語らなかった祖父母の悲しみの深さを改めて感じます。

無言館からは塩田平がよく見渡せました。
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by small-small-world | 2010-12-08 23:20 | ★旅 | Comments(0)

初冬の塩田平

歩いてみたいと思っていた「信州の鎌倉」塩田平を歩いてきました。

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上田駅観光案内所で散策コースの地図をゲットし、
ワンマン運転でのんびりコトコトと走るのが魅力の上田電鉄別所線に乗りました。

「塩田町駅」で下車
塩田平はその名のとおり周囲を山で囲まれた盆地です。

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太古の時代にはナウマン象が住み、縄文時代にさかのぼる遺跡からは黒曜石の鏃が出土し、鉄剣の埋葬された古墳がり
13世紀以前に開基された寺院が点在する
歴史的にも面白い場所です。

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道筋には程よく道しるべがあり、歩きやすい散歩道でした。

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田んぼのあちらこちらには池があります。
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池のほとりにある神社のご神体は「泥」
古来からの農耕の地なんですね。

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稲刈りを終え、紅葉の時期も過ぎた塩田平は冬篭りの一歩手前でした。
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by small-small-world | 2010-12-08 22:35 | ★旅 | Comments(0)

正倉院展と西の京

JR東海の割引切符(正倉院展入場チケットつき)を利用して日帰りで正倉院展に行ってきました。
行きの新幹線は早朝6時台出発。朝9時半には奈良に着いてしまいます。
帰りの便は京都発夜7時半過ぎですから、時間はたっぷりです。

先週行った方から正倉院展は午前中は込み合っていて入場までに75分待ち、午後3時すぎになると少し空くと聞いたので、正倉院展には午後から行くことにして、午前中は西ノ京を歩くことにしました。

薬師寺、唐招提寺は20数年前に当時小学生だった子どもたちと一緒に行って以来です。

薬師寺といえば、修学旅行で行ったときに後に管主になった高田好胤が金堂の薬師三尊を背にして説法された記憶が鮮やかです。
現在では、高田管主の努力で再建された金堂や西塔などの伽藍を再建され、かつての記憶からすると見違えるほどです。
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天武天皇が発願し、持統天皇の御世に完成した東塔。
この塔を持統天皇も仰ぎ見たと思うと感慨深いものがあります。
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塔の心柱に空洞が発見され、その他の部分も傷んできたということで、今後10年をかけ解体修理されるそうです。よく見ると部材にも傷みがあるようです。
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唐招提寺のどっしりした金堂
格式と気品を感じます。
今回は境内の奥にある鑑真和上の御廟にもお参りしてきました。苔庭の奥にひっそりとあり、奥都城と表現したい墓所でした。
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唐招提寺から近鉄線にそって「歴史の道」を歩きました。

垂仁天皇の御陵
大きな前方後円墳です
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喜光寺は行基が創建したと伝えられる寺
この本堂、東大寺大仏殿とそっくり。
大仏殿建造のときに試みに建てられたということ。
新しい門とこの本殿以外になんにもない境内でした。
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平城京に程近いこのあたり
現在は住宅地になっていますが、かつては菅原の里と呼ばれた地
菅原道真もこの地の出身
菅原神社境内には、産湯をつかった池の遺構が残っているそうです。
社殿を一周してみましたが、どこかわかりませんでした。
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西大寺はかつての繁栄の名残をかすかにとどめています。
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近鉄奈良駅に戻り、一休みした後、正倉院展に向かいました。
2時半頃並び始め、入場できたのは3時15分ころでした。

場内はかなりの混雑でしたが、じっくりと楽しんできました。
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by small-small-world | 2010-11-07 21:07 | ★旅 | Comments(0)

金沢で最後に歩いたのは、武蔵ケ辻から浅野川へ。そして川を渡ってひがし茶屋街のあたり。

尾張町から浅野川のあたりまでは、明治時代までの金沢のメインストリートだったそうで、現在でも当時の立派な商家の建物が残っています。

こちらはかつて苗字帯刀を許されていたという薬種問屋福久屋。
さすが立派な建物です。
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橋向こうの東廓あたり
文政10年(1820年)に散在していた娼家を集めて作られて遊郭
現在でも当時をしのばせる町並みがそのまま残っています。
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浅野川橋立あたりには大正時代頃のものでしょうか。
アールヌーボー調の建物も何軒か見かけました。
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東廓の建物の裏手の壁
なが~いスコップがかけられていました。
雪かきににでも使うのでしょうか。
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by small-small-world | 2010-07-19 16:48 | ★旅 | Comments(2)

能登半島には奈良・平安時代にさかのぼる製塩の歴史があり、現在でもたった一軒だけ角花家が揚げ浜式塩田を続けていることを「石川県の歴史散歩」(⇒⇒☆☆)で読み、訪ねてみました。

静かな曽々木海岸を北上。
浜辺に草葺の塩焼き小屋がある風景を予想していたのですが、しゃれた道の駅になっていて、小さいながら塩の博物館まで併設していました。(今から思えば、本当の角花家は別にあったのかもしれません。)
          (⇒⇒☆☆

揚げ浜式製塩とは・・・
塩水をくみ上げては塩田に撒き、天日で水分を蒸発させた後、塩を濾過。濃い塩水を大きな鉄釜で18時間じっくり煮詰めて粗塩をとる作業。過酷な重労働です。
加賀藩は藩の財源として塩の専売制をとり、塩の確保のために藩内海浜の村々に製塩をさせたのだそうです。100軒を越す塩田があったそうで、千枚田のある白米地区でも13軒のうち7軒が製塩業に従事していたと千枚田の案内板にありました。
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日曜日なので、製塩作業もお休みでした。
一子相伝の技だそうです。見学できなくて残念でした。
塩焼き小屋には余熱がこもっていました。
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道の駅で、ここで作られた塩を購入しました。
うっすらと褐色がかっています。ミネラルが多いのだそうです。
貴重な塩。味わって使いたいと思います。
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ついでに、こちらは沖縄波照間島の塩。
平釜製法で作られたもの。
ずいぶん前におみやげにいただいたものですが、残り少なくなりました。
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by small-small-world | 2010-07-17 14:26 | ★旅 | Comments(0)

今回能登をドライブした理由の一つが千枚田を見ることでした。

学生時代に旅行したときには、能登半島先端の禄剛崎から能登半島北岸を曽々木海岸を目指して歩いて南下しました。
8月も半ば、照りつける日差しの下、木の浦、折戸と小さな集落をたどりながら歩きましたが、暑さで曽々木まではたどり着けず、途中でバスに乗ってしまったのでした。
地図で見ると禄剛崎から曽々木までは20キロぐらい、日陰も人影もない道のりでしたから、途中棄権もやむをえなかったのかもしれません。
バスでたどりついた先で見たのが、千枚田でした。
                  千枚田

そのときどんな角度から見たのかあまり覚えていないのですが、今回立ち寄った千枚田のあたりにはポケットパークができていて、斜め上の角度から斜面全体に切り開かれた千枚田とその先に広がる日本海を眺めることができるようになっていました。
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青々とした稲の緑の田の美しいこと
田は大小含めて2000枚はあるということです。

この風景は長い年月をかけた労力の結晶というべきもの
歴史的には、少なくとも室町時代にもさかのぼるのだそうです。

現在ではボランティアの手を借りて、田植えから稲刈りまでの作業を行っているということでした。
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千枚田の看板にイヌワシが休んでいました。
自然豊かな能登
途中キジもみかけました。

斜面の多い能登なので、棚田は千枚田以外にもあるようです。
↓↓はヤセの断崖近くで通った大笹波の棚田
すでに農地整理が行われていて、整った形状をしていますが、実際の耕作にはこのような形でないと無理ですね。
           大笹波の棚田
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by small-small-world | 2010-07-15 14:31 | ★旅 | Comments(2)

総持寺祖院に立ち寄りました。
3年前の能登半島地震で被害を受けた本堂はまだ修復中。
写真ではよく見えませんが、本堂正面大扉がずれ下がっています。
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土塀が崩落していたり、石段が崩れていたり・・・
修復には時間がかかるのでしょう(写真:崩れた土壁)
大きな被害だったのですね。
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能登有料道路の穴水付近のパーキングエリアに展示されていた写真を見ると道路の側面が完全に崩落し、道路がまるでつり橋のようになっていました。

地震当時はTV画面で心配しながら見ていたのですが、時間がたつと記憶が薄れてしまうものですね。
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by small-small-world | 2010-07-15 14:02 | ★旅 | Comments(0)