カテゴリ:  晩秋の大和・飛鳥路2008( 5 )

今井町でタイムスリップ~晩秋の大和・飛鳥路(5)

橿原市今井町
昭和40年代に何かの記事で読んで以来行きたいと思っていたのですが、やっと訪れることができました。

今井町は16世紀半ばに一向宗の門徒が称念寺を中心に開いた寺内町
江戸時代には堺同様自治的特権が認められ、商業都市として栄えました。

東西600m南北310m。周囲に濠をめぐらし計画的に作られた街並みを現在までそのままに残しています。
平成2年には重要伝統的建造物群保存地区に指定され、多くの建物が重要文化財に指定されています。
c0039428_22395342.jpg橿原神宮の鳥居あたりから歩いて30分ほど
今井町の少し手前にある今井まちなみセンターで町歩きの地図を入手しました。
この建物は明治36年に博物館として建設され、昭和になってからは町役場などとして使用されたとのこと。周囲の環境を考えるとよくぞ残ったと思います。

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今井町の周濠の中は400年前にタイムスリップしてしまったように感じるほど別世界
保存地区に指定されてからは建物の外観を変えることが出来なくなったそうで、住民には不便なのでしょうけれど・・・・・・。

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町の西端にある今西家↓は1650年に建てられた今井町で最も古い民家
今西家は惣年寄筆頭として町の自治権をゆだねられていたそうで、広大な邸は町の裁判所としてもつかわれたということです。
城郭のような広壮な建築です。
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↓は豊田家住宅
木という字の家紋。かつては材木商で大名貸しを勤めたほどの豪商だったとか。
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c0039428_22554177.jpg茶店の看板を掲げている家があったので入ってみました。

c0039428_22583246.jpgかつての三軒長屋
奥まった長屋部分で老女が二人、茶店と古布のパッチワークの店をひっそり営んでいました。

c0039428_235611.jpg町の中心にある称念寺
今井町はこの寺の寺内町として発達したということですが、重要文化財の本堂は修復費用が賄えないらしくやや荒れてしまっています。修復には20億円以上かかるそうですが、どうにかならないのでしょうか。

今井町から最寄の近鉄八木西口までは歩いて10分ほど

バスなど利用しながら散策するつもりだった今回の大和・飛鳥路の旅
1日目は談山神社→→石舞台→→岡寺→→板葺宮→→祝戸地区  約15キロメートル
2日目は祝戸地区→→甘樫丘→→橿原神宮→→今井町→→八木西口駅  約16キロメートル

結局全行程を歩き通してしまいました。
万歩計は持っていかなかったけれど相当の歩数を歩いたことでしょう。
バラエティに富んだ楽しい散策でした。
何より秋深く、木々の紅葉がどこへ行っても美しく、印象がさらに深まりました。
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by small-small-world | 2008-12-09 23:29 |   晩秋の大和・飛鳥路2008 | Comments(0)

ひさしぶりの飛鳥~晩秋の大和・飛鳥路(4)

飛鳥を歩きながら思い出していたのは前回来たときのこと。
今から20年前、子ども達がそれぞれ小3、小5、中1に進級を控えた3月のことでした。

橿原神宮駅前でレンタサイクルを借り、家族5人一列になって甘樫の丘から飛鳥寺、岡寺、石舞台、酒船石、高松塚など1日かけて一周。
まだ小さな自転車にしか乗れなかった末息子が一生懸命漕いでいた姿が思い出されます。
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岡寺の参道入り口あたりで、その時昼食をとった寿司屋さんを見つけました。
20年前と変わらない店構えでした。

c0039428_2159858.jpg2日目の朝、祝戸地区から飛鳥川の西側をたどり、甘樫の丘に登りました。

飛鳥川は万葉の時代には禊をする場所でもあったそうですが、清らかな水がさわさわと音をたてて流れ、川岸の神奈備の道を歩くと万葉人になった気分です。

     君により言の繁きを  故郷の飛鳥の川に禊ぎしに行く (万葉集巻4 八代女王)
               
紅葉の美しい甘樫の丘から望む大和平野

    大和は国のまほろば たたなづく青垣 山こもれる 大和しうるはし(古事記)

平凡とは思うのですが、やはり倭建命のこの歌が口をついて出てきます。

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by small-small-world | 2008-12-04 21:59 |   晩秋の大和・飛鳥路2008 | Comments(0)

古代食~晩秋の大和・飛鳥路(3)

飛鳥の宿は祝戸荘
研修施設をリニューアルした宿舎だそうで、飾り気がなく学生時代よく使っていたユースホステルを思い出しました。

夕食には古代食を予約していました。
素朴な味を楽しみました。
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飛鳥祝戸地区の夕景
この谷をまっすぐ行くと吉野
かつて大海人皇子はこの谷を通って吉野へ向かったのでしょうか
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by small-small-world | 2008-12-03 23:17 |   晩秋の大和・飛鳥路2008 | Comments(0)

中大兄皇子の歩いた道~晩秋の大和・飛鳥路(2)

c0039428_2364993.jpg談山神社の社殿の背後の山道を100メートル登り談い山(かたらい山)(556メートル)へ。
この場所で中大兄皇子と中臣鎌足で蘇我氏を滅ぼす相談をしたと言い伝えられているそうで、山頂の石碑には「御相談所」と彫られています。
鬱蒼とした木々に囲まれている場所ですから密談にはぴったりです。

談山神社の鳥居を出て右へ。
談山神社の社域を出ると林を抜ける下り坂が続きます。
「談山神社から飛鳥に下る道がとてもいいんだよ。」と関西出身のTさんにお聞きしていたので、是非歩いてみたいと思っていた道です。
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中臣鎌足と相談するため、中大兄皇子が飛鳥の宮殿を抜け出て密かに登った道はここだったのでしょうか。ひたすら山道を急ぐ若き皇子の姿が幻のように見えるような気がします。

山の中腹にさしかかると斜面は一面の棚田
長い年月をかけ切り開いてきた美しい風景です。
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   うちたをり多武の山霧繁みかも 細川の瀬に波のさわげる(万葉集巻9)

多武峰から流れ落ちる細川の流れに沿ってひなびた農村が拓け、日本の原風景のような景色が広がります。

約1時間で石舞台古墳に到着
20年ぶりの飛鳥路です。

写真↓ 降りてきた道を向かい側の斜面から。
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by small-small-world | 2008-12-02 23:16 |   晩秋の大和・飛鳥路2008 | Comments(0)

紅葉の多武峰~晩秋の大和・飛鳥路(1)

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多武峰にやってきました。
家を出たのはまだ真っ暗な5時過ぎ。10時には談山神社に着いてしまいました。
楓の葉は黄から赤へとグラデーションに染め分けられ、朝の光を浴びて輝いています。
このあと、飛鳥まで山道を下ります。
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by small-small-world | 2008-11-30 08:43 |   晩秋の大和・飛鳥路2008 | Comments(0)

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