カテゴリ:スコットランドとイングランドの旅2016( 16 )

オックスフォード~スコットランドとイングランドの旅(16)

シュルーズベリーから最後の目的地オックスフォードへ。
オックスフォードへは8年前に来たことがあるのですが、レンタカーが故障してしまい町の中に入れなかったという因縁の地。
今回は再挑戦です。

土曜日の午後だったからでしょうか。
大変な人出でした。
観光客の少ないチェスターやシュルーズベリーを回った後だったのでちょっと人疲れしてしまいました。
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翌朝、出発前にほとんど人のいない通りを散歩しました。
トリニティ・カレッジも外からだけの見学でしたが、雰囲気だけを楽しみました。
ジョギング中の白髪の老人はオックスフォード大学の教授だったのでしょうか。
歴史あるカレッジの並ぶこんな町で研究できる学生たちは幸せですね。

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by small-small-world | 2016-08-27 22:33 | スコットランドとイングランドの旅2016 | Comments(0)

シュルーズベリー~スコットランドとイングランドの旅(15)

チェスターからオックスフォードに移動する間にどこかで一泊してゆっくりしましょうと地図をにらんで選んだ街、シュルーズベリー。
あまり知られていないし、きっと静かな田舎町に違いない・・・・・・。

チェスターのレンタカー・ステーションのスタッフから
「明日はどちらへ?」と聞かれたので、
「シュルーズベリーへ」と答えたら、
肩をすくめ、「ふん」ともう一人のスタッフと顔を見合わせます。

あまり期待はしていないけれど、シュルーズベリーってどんなところなのでしょう。

チェスターからはウェールズの鉄道会社
半分以上ウェールズ内を通ります。もちろん駅の表示はウェールズ語併記です。
イギリスの鉄道旅は緑の中を走ります。癒される時間です。
下の写真はシュルーズベリー駅
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どんな田舎町なのかと思っていたのですが、
観光客の姿をあまり見かけませんでしたが、通りには穏やかに歩く人たちがあふれています。
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シュルーズベリーは蛇行したセヴァーン川の巾着形の土地に開けた町。
巾着の入り口にあたるところに駅があります。
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北ウェールズの毛織物などの通商で栄えた町で、町の中心部に1595年に建てられたマーケットホールがあります。
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街中には木組みの家があります。チェスターの家々に比べるとずっと素朴な感じです。
穏やかでのんびり歩くのに楽しい街です。
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シュルーズベリーは、チャールズ・ダーウィンの生まれた街。
彼の学んだ学校の建物は公立図書館になっていますが、その前にダーウィンの銅像がたてられていました。
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駅の近くのシュルーズベリー城は軍事博物館になっています。
穏やかで平和なシュルーズベリーですが、しばらく前にテロで内部が破壊されたと聞いて驚きました。
軍事に関する展示ですから、勝者と敗者があるのは当然のこと。敗者にとっては面白くはありませんね。
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川の対岸にあるシュルーズベリー・アビー
20年ほど前、シュルーズベリーを舞台にした「修道士カドフェル」というTVドラマを放映していたそうです。
原作はエリス・ピーターズの連作ミステリー小説だということなので、出発前にその第1巻「聖女の遺骨求む」を読んでいました。
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12世紀のシュルーズベリー・アビーが舞台。
巡礼者をたくさん引き寄せ、修道院を繁栄させるため、修道院長はウェールズの寒村に葬られている聖女の遺骸を盗み出そうと画策。
いろいろあった後、修道士カドフェルの知恵で遺骸を持ち帰り、その後修道院は繁栄していく、といったあらすじでした。

アビー内にあった修道院の歴史についての展示をみると、ウェールズから聖女の遺骸を持ち帰ったのは史実だったとのこと。
史実をもとにミステリー小説ににしていたのですね。
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夕食は、15世紀の建物のパブ「スリー・フィッシュ」で。
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どんな田舎町かと思っていたシュルーズベリーですが、おだやかでかわいい町でした。






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by small-small-world | 2016-08-27 10:21 | スコットランドとイングランドの旅2016 | Comments(0)

コンウィ城~スコットランドとイングランドの旅(14)

チェスターからウェールズまでは、わずか10数キロ。
チェスターでレンタカーして、世界遺産の古城、コンウィ城まで日帰りで行ってきました。 

コンウィはウェールズの北西の端。
イングランド王エドワード1世がウェールズを制圧後、1283年からわずか4年半で完成させた城です。
石材はチェスターから、鉛はウェールズ北岸のフリントから、鉄はチェスターの東のスタフォードシャーから運び、1500人もの石工を』使って完成させたのだそうです。中世の王権、恐るべし!

当時ウェールズ人異国とみなされていて、城壁内にイングランド人を移住させて街を造り、イングランド人の兵士が城を守りました。
保存状態がいいということですが、現在では廃墟に近いというのが本当のところでしょう。

インフォメーションセンターの背後にある木製の階段を上り、城壁を歩いて城に向かいます。
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城の入り口にある看板は英語とウェールズ語が併記されています。
ウェールズでは、当たり前なのでしょうが、両方の言葉で表示されています。
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コンウィ城は、8つの円柱形の塔を持つ巨大な城です。
往時には威容を誇ったことでしょう。
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岩山に築かれているので、それを利用して何層にもわたる造り。
塔に登るとはるか向こうまで見渡せます。
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階下に下りる階段
食物の貯蔵にでも使われたのでしょうか。
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大ホールを取り巻く回廊で、観光客の男性が下にいる仲間に向かい芝居がかった様子で手を広げ、大声で台詞らしきことをしゃべると、下にいる女性が同じように大げさに返していました。
たぶんシェイクスピアの一場面だったのではないかと思います。
そんなことをしてみたくなる雰囲気がこの古城にはありました。
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コンウィの街は海に向かってこじんまりと開けています。
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ハイストリートに面して建つプラース・マウル
エリザベス王朝時代の豪商の館です。
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建物もさることながら、建物の中が当時のままに再現されています。
台所には生のハーブがおかれ、リビングの手洗い容器には生のバラの花びらが浮かべられています。
台所にぶら下げられた兎や鹿はまさか本物ではないと思いますが。
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海辺には、世界一小さい家があります。
真っ赤な家の前に赤いマントを着たおばあさんが立っています。
写真を撮っていた観光客のグループにおばあさんは手のひらを差し出しました。
おばあさんのビジネスなんですね。
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コンウィの浜辺で少しのんびりして、チェスターにもどりました。
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by small-small-world | 2016-08-25 15:50 | スコットランドとイングランドの旅2016 | Comments(0)

チェスター~スコットランドとイングランドの旅(13)

イングランド北部のヨークから島を南西に向かって横切り、チェスターに向かいました。
チェスター駅の外観はまるで宮殿のよう。
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駅前のQueen Hotelの玄関にはヴィクトリア女王の像が掲げられています。19世紀末の雰囲気です。
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チェスターはウェールズと境を接し、ローマ軍の城砦のあった古い街です。(知名に「チェスター」とつく街はローマ軍の砦のあった街だそうです。)
チェスターはデイ川の水運を利用した通商都市として栄えました。
現在、チェスターの大部分を所有するのはウェストミンスター公爵。ウェストミンスター公爵といえば、ロンドンにたくさんの土地を持つ大地主。チェスターまでもが、公爵の所有地なのですね。
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街の周囲はローマ時代からの城壁がほぼ完璧に残されています。
ちょうど菩提樹の薄黄色の花が房のように咲いているのを楽しみながら歩きました。
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チェスターの木組みの家は素朴というより大変豪華な雰囲気です。
4階建てや5階建て、1階はアーケードになっています。
木組みも木そのものではなく、白と黒のデザイン壁といったもの。ひとつとして同じデザインの建物はありません。

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中世の町並みを残した街として有名なチェスターですが、現在のように豪華な白壁に黒の木組みの家が立ち並ぶ街になったのは150年前のヴィクトリア女王の時代。
ロウズと呼ばれる商店街には150周年記念のフラッグが飾られていました。
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イーストゲートの時計も1897年のもの
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もちろん14世紀に建てられた家もありましたが、。
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明治4年に日本を発った遣欧米使節団は、ロンドン、エディンバラやグラスゴーなどの都市はもちろんですが、このチェスターも訪れているようです。ちょうどチェスターの街づくりが完成した時期ですから、さぞや華やかな雰囲気だったことでしょう。
当時まだ若かった岩倉具視、伊藤博文、大久保利通、木戸孝允等が、維新直後にイギリスで見聞したことはカルチャーショックを超えるものだったに違いありません。

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by small-small-world | 2016-08-24 00:20 | スコットランドとイングランドの旅2016 | Comments(0)

ヨーク(2)~スコットランドとイングランドの旅(12)

ヨークといえばヨーク・ミンスター
カンタベリー大聖堂に次ぐ英国第2の大聖堂。
ヨークの街にでんと聳えています。
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大聖堂のある場所は、かつてローマ軍の城砦のあった場所。地下にはその当時の遺跡が残っているそうです。
その後ノルマンの聖堂が建設された後、現在の大聖堂は13世紀の初めから250年の歳月をかけて建設されました。

朝9時から始まる見学時間に一番乗りする勢いで訪れたのですが、なんと工事のため数日間見学できないとのこと。がっかり。
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でも、聖堂の中に入っていく子どもたちのグループがいます。
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入り口に立っている男性に「中部を見学できなくてとても残念」と話してみました。
すると「夕方5時からの礼拝に来れば聖堂内に入れますよ。」という情報を教えてくれました。

ヨーク・ミンスターの外壁は風化が激しく、痛みがひどかったので、現在長期間かけての大修理中。
外壁には足場が組まれ、庭には資材が置かれています。
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全部で2500個もの石材を交換するとのことで、石工たちが庭の作業場で石を削っていました。
ただの「作業」というより、歴史あるものを未来につないでいこうという誇りのようなものを感じる場でした。
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夕方5時に訪れてみると多くの人が礼拝の始まるのを待っていました。
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案内され聖歌隊席の周囲に着席しました。
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礼拝は聖歌隊による聖歌によって進められていきました。
朝、聖堂に入っていった子どもたちは聖歌隊のメンバーだったようでした。
コーラスもテナーやバスの独唱もとても素敵でした。

礼拝の最後に司祭によるお説教がありました。
EU離脱の国民投票が行われたばかりのときでしたが、「この困難な時期に国民は結束Unityを大切にしていこう。そして世界とのUnityを大切にしていこう。」と呼びかけていたのが印象に残りました。

ミンスターの内部は工事中ということもあり、どこかがらんとした感じでしたが、通りがかりに有名なステンドグラスだけはなんとか見てきました。
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by small-small-world | 2016-08-22 23:40 | スコットランドとイングランドの旅2016 | Comments(0)

ヨーク~スコットランドとイングランドの旅(11)

スターリングから一日に一本だけロンドンへ直通する列車があります。
その列車に乗って、ヨークへ向かいました。
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ヨークはローマ帝国時代に大きな城砦があったところ。
紀元71年から約600年にわたり6000人もの兵士が駐屯したそうです。
その後巨大なヨークミンスターが建設され、ヨークは羊毛の交易で商業の中心地となって栄えました。

城壁に囲まれたヨークの街は中世の雰囲気が残り、なかなか魅力的な雰囲気。
多くの観光客が散歩を楽しんでいました。

シャンブルズ
かつて肉屋さんが軒下に肉をぶらさげたそうで、二階以上の軒が道路側にせりだしています。
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この家は1606年に建てられたもの。
二階の床がたわんでいます。
1階は現代的な靴屋さんです。
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城壁はきれいに整備されていて、観光客のいい散歩道になっています。
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歩き疲れて、Betty's Cafe でお茶を。
有名なカフェなので、観光客がずらりと順番待ち(ほとんど中国系の観光客)。
1階のガラス張りのカフェをあきらめ、B1の喫茶室へ。こちらもまわり中、中国系観光客でした。恐るべし、中国系観光客。
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夕食は、ヨークで一番古いパブ「オールド・ホワイト・スワン」でフィッシュ・アンド・チップスを。
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ホテルは川沿いにある高層ホテル。
夜10時、やっと日が暮れ、ヨークミンスターがほのかにライトニングされ、きれいでした。
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by small-small-world | 2016-08-18 22:56 | スコットランドとイングランドの旅2016 | Comments(0)

スターリング(2)~スコットランドとイングランドの旅(10)

歴史的にはウィリアム・ウォレスやメアリ女王で知られるスターリングは人口3万6000人ほどの小さな町。
歴史の本でしか知らなかった町なのですが、穏やかで緑あふれる町でした。
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B&Bから城の麓の森の中の一本道をたどっていくとスターリングの町のセンターに出ます。
夕食のレストランへ行くのにもこの森の中を通って行くので、つい安全は?などと思ってしまうのですが、犬の散歩中にすれ違ったくらいでまったく静かでした。
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何より、森と牧草地を隔てる石垣のあたりには野の花が咲き乱れていました。
スコットランドの花アザミもとてもきれいでした。
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夕食は、パブで地ビールを飲みながら。
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ところで
森の中に木の切り株を彫刻したものがいくつかありました。
美術品というより、自然の命をそのまま作品にしたような彫刻でした。いつごろ誰が彫ったものなのでしょう。

その中に説明のパネルが設置されたものがありました。
この200年ほどのスターリングの歴史を少し知ることができました。
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かつてスターリング城の斜面はりんごの果樹園になっていて、フランスにまで輸出されていたそうです。
町を流れるフォース川では鮭が獲れたとのこと、今ではどうなのでしょう?

罪人に対して斧を振り下ろす処刑人の像
1820年、劣悪な労働条件に置かれた織工たちがグラスゴーを中心に立ち上がったRadical Warと呼ばれる動きがあったそうです。
近代的な民主主義の萌芽ともいえるような動きがあったのですね。(知りませんでした。)
結局は制圧され、指導者のJohn Baird とAndrew Hardie はスターリングで打ち首になったのだそうです。
処刑人になったのはThomas Mooreという医学生。処刑に反対したのに残酷にも処刑人に指名されたのだとか。
スコットランドの近世史の中では重要な事件なのでしょう。
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素敵なB&Bでの宿泊とともに思い出深いスターリング滞在になりました。
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by small-small-world | 2016-08-16 16:50 | スコットランドとイングランドの旅2016 | Comments(0)

スターリング(1)~スコットランドとイングランドの旅(9)

スターリングは、「スターリングを制する者がスコットランドを制する」といわれたほど戦略的に要の地。
何世紀にもわたり、スコットランドとイングランドの戦いの舞台になり、ウィリアム・ウォリスとロバート・ザ・ブルースという二人の英雄によりイングランドからの独立を勝ち得たスコットランドにとっては大変重要な地です。

・・・・このあたりは事前にメル・ギブソン主演の「ブレイブ・ハート」を見て予習?しておきました。もっともこの映画のロケ地はアイルランドだったそうですが・・・・。

それから、スターリングといえばメアリ女王が即位したのがスターリング城内の礼拝堂。
そしてメアリ女王の一人息子ジェームス6世は母のメアリ女王がイングランドに捕らわれている間スターリング城で育てられたのだそうです。

というわけで、今回は是非スターリングを訪れてみたいと思ったのです。
(岩山の上に立つスターリング城。私たちの泊まったB&Bは山の左の麓)
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スターリングまではエディンバラから鉄道で1時間弱
その昔、馬車で移動していた時代にはエディンバラからどれぐらいかかったのでしょう。


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スターリング駅。かわいらしい駅でした。

まずは予約しておいたスターリング城の麓にあるB&Bへ。
      B&B Castlecroft (http://www.castlecroft-uk.com/)
午前中だったので女主人のローラさんは掃除機と格闘中でしたが、部屋に案内してくださり、スターリング城への行き方を教えてくれました。

スターリング城へは山の麓に広がる牧草地のふちにある小道をたどります。
野原には花が咲き、牧草地ではふさふさの毛が目元まで垂れ下がっている茶色の牛が何頭か静かに草を食んでいます。
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おや!
目の前を野うさぎが通りすぎました!
木の枝を走っているのはリス?

小道から山道に入ると5分ほどで城の前に着きます。
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スターリング城は平原の中に立つ丘の上にあるせいか、明るい雰囲気がします。
城はメアリ女王の父親がフランスから迎えた后、メアリ・ド・ギースのために建てたもの。
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城の庭から下を見下ろすと牧草地の左手に見えるのは王家の庭
左手の壇は王の庭、右の方形の整地は女王の庭
その向こうはかつて王家の狩猟場だったそうです。
メアリ女王は、音楽や狩猟を愛する活発な女性だったということですから、城から下りて狩猟に出かけたのでしょう。
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城の主要部
グレートホール、パレス、聖堂が取り囲んでいます。
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お城の中には中世の衣装を着た案内の人がいて案内してくれます。
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お城の中は思ったより簡素です。往時にはタペストリーでもかけられていたのでしょうか。
玉座も思ったより簡素です。
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お城を出て、街までだらだらと降りる坂道を降りる途中には石造りの立派な家が並んでいます。
中でも立派なのは17世紀に建てられたというアーガイルの家
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坂道を降りた突き当たりにあるのが、ダーンリーの家
ダーンリーといえば、メアリ女王の2番目の夫
すらりと背が高く、メアリ女王が惚れたほどのイケメンだったようですが、その軽薄さを嫌われ、出産する頃にはすでにメアリ女王から最悪の仲だったようです。
メアリ女王が処刑された際の罪状は夫殺し。もちろん濡れ衣だったのですが。
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女王の夫の家としては、それほど大きくはないような気がする建物。メアリ女王が公務でスターリング城に滞在する間、ダーンリーが過ごした家だそうです。
現在その1階はカフェになっています。
チョコレートケーキで、一休みしました。
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by small-small-world | 2016-08-15 16:45 | スコットランドとイングランドの旅2016 | Comments(0)

ハイランド地方バス旅行~スコットランドとイングランドの旅(8)

ヨーロッパを旅行するときにはよくレンタカーを利用してきたのですが、レンタカーだと運転に集中するので景色を楽しめないと運転役の連れ合いが言うので、今回のスコットランドでは初めて現地の旅行会社のツアーを利用してみました。

日本の代理店を通じて予約したのは、日帰りでハイランド地方とウィスキーの醸造所を訪ねるツアー。
エディンバラのインフォメーションセンターにはいくつもの会社のツアーの案内が置かれていたので、現地での参加もできるようです。

朝9時、集合場所のカフェの前に行くと、すでに多くの人が集まっていました。
日帰りのツアーだけでなく、泊りがけでスコットランド最北部のスカイ島へ行くツアーなどいろいろなツアーがあるようで、次々に出発していきました。
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私たちのツアーの参加者は14名
白くておしゃれな小型バスに乗りウコンだのは、ベネズエラ、キューバ、USA、ノルウェー、イタリア、南アフリカ、そして日本からの私たち。
ガイド兼ドライバーはキルトを着用した生粋のスコットランド人のアリさん。

アリさんは、運転しながら、運転席の上に貼った地図を時折指差し、よどみなく、まったく途切れることなく精力的に話し続けます。
すごいです。(もっとも私はずっと集中して聞いていたわけではありませんが。)

エディンバラ市街を抜けると、緑の美しいロウランド地方を走り抜けていきます。

最初にストップしたのは、ダンケルドDunkeldという人口300人弱の小さな町
テイ川のほとりにあるスコットランド最初の都だったところです。

林をぬけたところにある12世紀に建てられたダンケルド大聖堂
17世紀の戦いで半分は廃墟になっていました。
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ダンケルドの町の100メートルほど続く17世紀のショッピングストリートは1950年代に修復されたもの。
なにか思い出にと小さなお店でちょっぴりお買い物。
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次のストップはハーミテイジThe Hermitage。
川沿いの森の中のウォーキングコースを散策。
自分でドライブしていたら経験ができなかったと思います。
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アメリカ西海岸にたくさんあるダグラス・ファー(米松)は、デービッド・ダグラスという植物学者が1820年頃この地に持ち込んだものとか。イギリス一背の高い木というありました。
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ランチタイムは、ピトロッフォリーという街で。
リゾート地として知られ、夏目漱石もこの地で休暇を過ごしたそうです。
カフェやみやげ物の店がならぶストリートは観光客で賑わっていました。
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次に訪れたのはQueen's View
ビクトリア女王はスコットランドの景色を愛し、たびたびスコットランドを訪れたそうですが、とくにお気に召したのがここからの景色だったとか。
静かに広がる悠然たる湖です。
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次に訪れたのはウィスキーの醸造所
このバスツアーの一番の目玉なのですが、ウィスキーにあまり興味がないので・・・・。
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余分に見学料を支払うと1987年産のウィスキーを樽から試飲させてもらえます。
みんなおいしそうに味わっていました。
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エディンバラにもどるまでの時間もガイドのアリさんは運転しながら話続けていました。
みんな起きていたのかしら?

緑の美しいスコットランドのドライブを楽しんだ一日。
ゆったりしていて満足でした。













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by small-small-world | 2016-08-11 23:46 | スコットランドとイングランドの旅2016 | Comments(0)

エディンバラ城~スコットランドとイングランドの旅(7)

7月3日  朝9時開城のエディンバラ城に一番乗りしようと城の前まで行くと門の前の坂道の両側にたくさんの人が並んでいます。
門の中をのぞいてみると何かセレモニーのようなことをしています。
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並んでいるのはほとんど中国系の観光客
いったい何があるのか訝っていると30分くらいして警備のオートバイに先導されてスコットランドの民族衣装を着た楽隊がバグパイプを奏でながら坂を下ってきます。
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軍楽隊に続いて立派な黒塗りの車。
中にはスーツを着た紳士が一人。車の中央には宝冠が置いてあります。

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あとでわかったのですが、この日はスコットランド議会の開会式。
開会式に隣席されるエリザベス女王の着用される宝冠をエディンバラ城からホーリールードにある議場まで運び届けるパレードだったのです。
イギリスはUnited Kingdom。スコットランド議会の開会式にエリザベス女王が臨席されるのは当然のことですね。

そういえば、私たちがイギリスを訪れる1週間ほど前にイギリスがEUを離脱することが国民投票で決まったので、街の中で集会が開かれていたり、スローガンが書かれた旗がたっていたりするのかと思ったのですが、そんな様子を見ることはありませんでした。もちろん観光客の私たちにはわからないことが多いのでしょうけれど。

宝冠のパレードが通り過ぎ、やっと城内に入場することができました。
入場を待たされたせいもあるのでしょうけれど、大変な混雑です。

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エディンバラ城は岩山の上に立っているので、見下ろすとはるか遠くまで見下ろすことができます。北国らしい重い空気が感じられます。
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砲台が四方に配備され、敵を寄せ付けない厳重な態勢です。

観光客がたくさん訪れていて、城の内部はそそくさと通り過ぎて終わってしまったのは少し残念。
この部屋の奥にある4畳半ほどの小部屋でメアリ女王は後にジェームス6世になる一人息子を出産したのでしたが、ここにも人がたくさんいて部屋の雰囲気を味わっている余裕はありませんでした。
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王宮の最上階にはスコットランド王国の三種の宝器が置かれています。
宝冠が置かれているはずの場所は空っぽで、「現在スコットランド議会に運ばれています」という趣旨の案内が置かれていました。
三種の宝器とスコットランドの王位の象徴であるスクーンが王宮の最上階のガラスケースの中とはいえ、観光客で込み合う部屋の中に警備もなく置かれていたのには驚きました。
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エディンバラ城内で最も古く1110年に建てられた聖マーガレット礼拝堂
通り過ぎてしまいそうな簡素な造りです。
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再びエディンバラ城の城門を出ると、8月にミリタリー・タトウーが開催される広場は相変わらず観光客でいっぱい。
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そのとき、警備の人たちが観光客の流れを止めました。
二人の警備兵が「right, left. right, left」と号令をかけながら現れ、城門を守る兵士の交代が行われました。
その時だけ、私たちはエディンバラ城の城門の全容を見ることができたのでした。
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by small-small-world | 2016-08-04 22:54 | スコットランドとイングランドの旅2016 | Comments(0)

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