ドブロブニク2日目は城壁歩き
プロチェ門近くから城壁に上がります。

かつては歩哨が歩いて警備した城壁の通路ですが、
幅もあって歩きやすいです。

山側の城壁からアドリア海をバックにドブロブニクの町の連なる家並が見渡せます。

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オレンジ色の瓦とアドリア海の青のコントラストがきれいです。

おや、目の前をドローンが飛んでいます。
さぞ、いい写真が撮れたことでしょう。

学校でしょうか。
屋上にバスケットボールのコートがあります。

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城壁の真下にB&Bがあります。
こんなところに泊まるのもいいですね。

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海沿いの城壁から
島には砦があります。
まさに鉄壁の守りです。

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覗き込むと海中を泳ぐ魚が見えます。
なんて澄んだ水なんでしょう。

城壁から降りる途中にパラソルをたてて
刺繍の布を売っているのを見つけました。

ドブロブニクの民族衣装の袖や胸元にあしらう刺繍だそうです。

いろいろな色合いのものがありましたが、伝統的色合いのものと爽やかな色合いのを購入しました。

もう一つはMljet island の伝統的民族衣装のデザインを刺繍したラヴェンダーのサッシェ
かわいらしい柄です。

ドブロブニクでは野菜があまり採れないので、Mljet islandから野菜を売りに来ていたということでした。

Mljet islandってどんな島かとネットで検索してみたら、ストンの沖合に浮かぶ島
今ではリゾートにもなっている美しい島でした。

今どきの若者たちは伝統的刺繍をする人は少ないそうですが、
60歳代の女性をリーダーに刺繍を守るグループを作っているのだそうです。

ドブロブニクの街の中でひっそり刺繍をしている女性を見かけました。
こうして一針ずつ刺したんですね。
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帰国してから額装して壁に飾りました。

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# by small-small-world | 2017-08-24 20:34 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

午後からはロープウェーでスルジ山へ

観光案内の写真で見慣れたドブロブニクの景色
ほんとうに美しいです。

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ガイドと一緒に山を歩いて下ることもできたのですが、
私は山上のカフェでのんびりと景色を楽しみました。
風が強くて大変でしたが。

ホテルは旧市街から少し離れ
大きなリゾートホテルが並び、スーパーやカフェが並んでいるラパッド地区。

アドリア海に面したテラスからは夕焼けがきれいでした。



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# by small-small-world | 2017-08-24 13:18 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

「アドリア海の真珠」と呼ばれ、堅牢な城壁に囲まれた町ドブロブニク

ドブロブニクの守護聖人聖ブラボの像が見下ろすピレ門
入場する前からかなりの人出です。
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城門を通り抜けるとかなりの幅のあるプラツア通り。

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1991年ユーゴスラビア内戦の時にはセルビア・モンテネグロ軍に包囲され
世界遺産にもなっているこの美しい町が爆撃にさらされました。

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地図上の赤いマークは焼失した建物
▲は屋根を爆撃された建物
●は爆撃された道路

レストランになっている建物の前にあった写真
内戦時には炎上したとのこと

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破壊された町は今ではすっかり修復されています。
明るい日差しの中観光客が行きかい華やかな雰囲気です。
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オノフリオの噴水からは今でも清水が湧き出ているそうです。

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ピレ門の脇にあるフランシスコ会修道院内にはヨーロッパで3番目に古いという薬局があります。
天然のハーブを使った化粧品があるということでしたが、アジア系の先客が売り場から離れてくれないので
あきらめました。

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城内にはたくさんの教会があるのですが、ツアーですので入ったのは聖母被昇天教会のみ
英国のリチャード王が創建したという教会でした。

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華やかなプラツア通りから脇道に入ると細い路地です。

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山側の路地は細い階段です。

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ラグーサ共和国時代貿易の拠点だった港
たくさんの船が並び、往時をしのばせます。

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ツアーのお仲間が湾内クルーズに出かけた合間に私たちはレストランで生牡蠣をいただきました。
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# by small-small-world | 2017-08-24 11:07 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

スプリットからドブロブニクまではまたバスの長旅です。
真っ青なアドリア海には牡蠣養殖の筏が浮かんでいます。

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昼食のために立ち寄ったのはストンという小さな町

町の入り口に立つと急な斜面にどこまでも続く城壁。

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ストンは14世紀あたりから塩田で塩を生産してきた場所
かつて塩は大変高価だったので、塩田をオスマントルコから守るために長い城壁を作ったのだそうです。
まるで恐竜の背中のようです。

ストンはこじんまりした小さな町
観光客も少なく、のんびりした時間が流れています。

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広い塩田は今でも生産を続けているそうです。

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入り口で塩を売っていました。
1袋 1ユーロでした。

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昼食の前菜は生牡蠣(食べかけの写真です)

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それにイカのソテー

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ツアーの行き先には入っていない町でしたが、のんびりした感じをとても気に入りました。






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# by small-small-world | 2017-08-21 22:52 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

スプリットに向かう道路の海沿いでは石で作られた塔が所々でみかけます。
オスマントルコの襲撃を見張るための塔だそうです。

道路わきには鮮やかな黄色のエニシダが咲いています。
エニシダの学名はSpartiumというそうですが、エニシダがたくさん咲いているので
大昔のギリシャ人たちはこの地をスプリットと名付けたのだそうです。

ローマ皇帝ディオクレティアヌスが自分の隠居場所として
故郷に近いこの地に295年から305年までかけて築いたのが現在のスプリットの始まりです。

一辺が200メートル近い城壁に囲まれた巨大な城
隠居所というより砦のようです。(写真は案内の看板です)

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この砦のような宮殿は海に面していたそうですが、今では埋め立てられています。

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郊外の丘から水道橋を建造し、水を引き込んでいたそうですが
その水道橋は今でも使われているということでした。

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中央部にあるディオクレティアヌスの霊廟は後世教会に作り替えられています。
栄枯盛衰を感じます。


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かつてのホールの廃墟ではコーラスグループがクロアチアの音楽を歌ってくれました。

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巨大な宮殿はその後一般人が住みつき巨大な町になってしまいました。

宮殿の地下はそれまで食物の貯蔵に使用されていたらしいのですが、
その後1000年以上にわたり住民たちの巨大なゴミ捨て場になってしまいました。

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長い年月の間にゴミは炭化してしまったのですが、
逆に地下室の構造は今でもかつてのままに残っています。

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城壁の内部には後世入り組んだ路地ができ、建物がぎっしりと建ってしまいました。
ほんとうに入り組んでいるので、私たちは迷子になってしまったほどです。

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城壁の裏門をでたところには10世紀の司祭グルゴール・ニンスキの巨大な銅像が立っています。
ラテン語のミサが中心だった時代に一般人にもわかるようにクロアチア語でのミサを行った人だそうです。

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# by small-small-world | 2017-08-21 10:53 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)