バスはアドリア海に沿ってひたすら南下します。
時々小さな町を通ったり、オートキャンプの看板のある海辺を通ったり。
それから荒涼とした石灰岩の野原を通ったり。

運転手さんはボスニアヘルツェゴビナに住むクロアチア人。
パスポートは二つの国のものを持っているそうです。
複雑です。

内戦の時には彼はクロアチアのために戦ったのだそうです。
バスの走行中にも
この道路を隔てて左側がセルビア、右側がクロアチアだった。
この集落は全滅した。今建っているのは新しい家。  等々。

明るい景色の中を走り抜けているけれど、彼の眼には自ら戦った内戦時の様子が映し出されているのでしょう。

さてトロギールが見えてきました。

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トロギールはとても小さな島
城門を入ると聖ロヴロ教会を中心に細い路地が入り組んでいます。

世界遺産の聖ロヴロ教会の塔

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聖ロヴロ教会の入り口はロマネスク時代の彫刻。

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小さな島内にはぎっしり細い路地
狭いので歩いていくとすぐ海が見えてきます。

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長いバス旅なので、世界遺産の教会内には入らず
オレンジジュースを飲みながらのんびり過ごしました。

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# by small-small-world | 2017-08-19 23:43 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

今回は南北に長いクロアチアを北から南へ走り抜ける旅です。

進行方向右手には紺碧のアドリア海
そしてアドリア海に浮かぶ1000あまりの島々

そして左手にはディナールアルプスの山々

クロアチアの大地は白い石灰岩でできています。
そしてアドリア海に浮かぶ島や半島も石灰岩
白味を帯びています。

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昼食のために立ち寄ったクルカ川の河口のスクラディンという町
クルカ川流域は国立公園になっているそうです。

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岸辺にはたくさんの豪華なヨット
隠れ家的なマリーナらしく、かのビル・ゲイツも訪れるそうです。

日本でいえば海の家といった感じのカフェが並び、リゾート客がのんびり歩いていました。


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小高い所にあるレストランでの昼食
レストランには台湾からのツアー客も来ていました。

崩れたような見張り台や教会も残る町でした。


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# by small-small-world | 2017-08-16 23:39 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

やはりイストラ半島西岸の町ロヴィニュ
長くヴェネツィアの支配下にあった町で、こじんまりしていますがなかなか良い雰囲気です。
ヴェネツィアへの船の便もあるそうです。

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聖堂のある丘に登る細い道は地元民の生活感のある急な坂道


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アドリア海を見晴らす丘の上の広場に立つ聖エウフェミヤ教会


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聖エウフェミヤは紀元303年に殉教した女性
棄教を迫られ拷問の末、ライオンにかみ殺される刑を受けたのにライオンは彼女をかみ殺すことはなかったそうです。遺骸はコンスタンティノープルに葬られていたそうですが紀元800年になぜかこのロヴィニュの町の沖合に彼女の石棺が流れ着き、この教会に収められ、町の守護聖人になったということです。

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聖人の遺骸は中世には特別の意味合いがあったようで、遺骸のある教会へは巡礼者が多数訪れたので、遺骸を所有することで教会は経済的に潤ったようです。

これまでに訪れたフランスミディピレネーのコンクの教会や英国シュルーズベリーの教会、さらにヴェネツィアのサンマルコ教会に安置されている聖人の遺骸はいずれもほかの地から移された(盗んだ!)ものでした。

聖エウフェミヤの遺骸はどうなのでしょうか。

高さ60メートルの教会の尖塔の上には聖エウフェミヤの像が町を見下ろしています。
この像は時々向きをかえるそうで、現地ガイドさんは実際に向きをかえたのを見たことがあるそうです。

教会のある丘から港におりる道は細い石畳
雰囲気のある道です。


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海辺の広場ではマーケットが開かれてていました。
よく熟れたサクランボやブドウを味わいました。

ロヴィニュはイタリアに近い人気のリゾートだそうです。
ガイドの話では、リビアのカダフィ大佐は2010年にこのロヴィニュを訪れ、一晩で100万円を飲食しとのだそうです。その翌年に暗殺されたのですから、人の人生はわからないものです。





 

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# by small-small-world | 2017-08-16 21:34 | クロアチアの旅2017

ポレチュはアドリア海の陽光をいっぱいに受けた明るい雰囲気。
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小さな岬に開けた旧市街の細い街路にはには観光客がいっぱい。
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旧市街の中央には世界遺産のエウフラシウス大聖堂。
ビザンティン様式の聖堂の入り口は街の通りに溶け込むかのようです。
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聖堂内の洗礼用の浴槽
ここまで大きい浴槽も珍しいと思います。
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現在残る聖堂以前にあった聖堂の床のモザイク。
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大聖堂には6世紀の美しい黄金色のモザイクの天井画
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イタリアのラベンナのビッターレ教会のものと比べるとこぶりですが、とてもきれいです。
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ところでポレチュでいただいたランチ
黄色いお団子状のものがつけあわされていました。
お店の人に聞いたらポレンタというトウモロコシの粉を練ったものだそうです。
北イタリアでよく食べられる料理だそうです。


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# by small-small-world | 2017-08-15 17:03 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

プーラはイストラ半島の海辺の町
ローマ時代にはローマの植民市でした。
街の中には ローマ時代の遺跡が残っています。

紀元1世紀の円形競技場
現存のものでは6番目の大きさだそうです。
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内部の石材はその後の年月の中で建築資材として持ち去られ、今では外壁のみ
地震が起きませんように。
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ローマ時代の外壁や城門も残っています。
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凱旋門のあたりではなにかイベントなのでしょうか
ローマ時代の服装をした人たちがクラフトを売る露店を開いていました。
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広場にはアウグストウス神殿
爆撃で破壊されたのを再建したのだそうです。
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戦前はイタリア人が多く住む町だったそうですが、
ユーゴスラビア領になってからはほとんどイタリアにもどってしまったそうです。

イストラ半島ではもともと農業がおこなわれてきたそうですが、
若者たちはよりよい収入を求め、農地を捨て他国に移っていってしまうと現地ガイドは嘆いていました。
とりたてて産業がないのでしょうがないことなのでしょうか。



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# by small-small-world | 2017-08-14 11:24 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)