スプリットに向かう道路の海沿いでは石で作られた塔が所々でみかけます。
オスマントルコの襲撃を見張るための塔だそうです。

道路わきには鮮やかな黄色のエニシダが咲いています。
エニシダの学名はSpartiumというそうですが、エニシダがたくさん咲いているので
大昔のギリシャ人たちはこの地をスプリットと名付けたのだそうです。

ローマ皇帝ディオクレティアヌスが自分の隠居場所として
故郷に近いこの地に295年から305年までかけて築いたのが現在のスプリットの始まりです。

一辺が200メートル近い城壁に囲まれた巨大な城
隠居所というより砦のようです。(写真は案内の看板です)

c0039428_10460554.jpg
この砦のような宮殿は海に面していたそうですが、今では埋め立てられています。

c0039428_10455945.jpg
郊外の丘から水道橋を建造し、水を引き込んでいたそうですが
その水道橋は今でも使われているということでした。

c0039428_10454867.jpg

中央部にあるディオクレティアヌスの霊廟は後世教会に作り替えられています。
栄枯盛衰を感じます。


c0039428_10453522.jpg


c0039428_10452001.jpg

かつてのホールの廃墟ではコーラスグループがクロアチアの音楽を歌ってくれました。

c0039428_10452456.jpg

巨大な宮殿はその後一般人が住みつき巨大な町になってしまいました。

宮殿の地下はそれまで食物の貯蔵に使用されていたらしいのですが、
その後1000年以上にわたり住民たちの巨大なゴミ捨て場になってしまいました。

c0039428_10450050.jpg

長い年月の間にゴミは炭化してしまったのですが、
逆に地下室の構造は今でもかつてのままに残っています。

c0039428_10454067.jpg

城壁の内部には後世入り組んだ路地ができ、建物がぎっしりと建ってしまいました。
ほんとうに入り組んでいるので、私たちは迷子になってしまったほどです。

c0039428_10450973.jpg


c0039428_10444694.jpg

城壁の裏門をでたところには10世紀の司祭グルゴール・ニンスキの巨大な銅像が立っています。
ラテン語のミサが中心だった時代に一般人にもわかるようにクロアチア語でのミサを行った人だそうです。

c0039428_10445344.jpg


[PR]
# by small-small-world | 2017-08-21 10:53 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

バスはアドリア海に沿ってひたすら南下します。
時々小さな町を通ったり、オートキャンプの看板のある海辺を通ったり。
それから荒涼とした石灰岩の野原を通ったり。

運転手さんはボスニアヘルツェゴビナに住むクロアチア人。
パスポートは二つの国のものを持っているそうです。
複雑です。

内戦の時には彼はクロアチアのために戦ったのだそうです。
バスの走行中にも
この道路を隔てて左側がセルビア、右側がクロアチアだった。
この集落は全滅した。今建っているのは新しい家。  等々。

明るい景色の中を走り抜けているけれど、彼の眼には自ら戦った内戦時の様子が映し出されているのでしょう。

さてトロギールが見えてきました。

c0039428_23382314.jpg

トロギールはとても小さな島
城門を入ると聖ロヴロ教会を中心に細い路地が入り組んでいます。

世界遺産の聖ロヴロ教会の塔

c0039428_23380808.jpg

聖ロヴロ教会の入り口はロマネスク時代の彫刻。

c0039428_23381809.jpg

小さな島内にはぎっしり細い路地
狭いので歩いていくとすぐ海が見えてきます。

c0039428_23375833.jpg

長いバス旅なので、世界遺産の教会内には入らず
オレンジジュースを飲みながらのんびり過ごしました。

[PR]
# by small-small-world | 2017-08-19 23:43 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

今回は南北に長いクロアチアを北から南へ走り抜ける旅です。

進行方向右手には紺碧のアドリア海
そしてアドリア海に浮かぶ1000あまりの島々

そして左手にはディナールアルプスの山々

クロアチアの大地は白い石灰岩でできています。
そしてアドリア海に浮かぶ島や半島も石灰岩
白味を帯びています。

c0039428_23312392.jpg

昼食のために立ち寄ったクルカ川の河口のスクラディンという町
クルカ川流域は国立公園になっているそうです。

c0039428_23320635.jpg

岸辺にはたくさんの豪華なヨット
隠れ家的なマリーナらしく、かのビル・ゲイツも訪れるそうです。

日本でいえば海の家といった感じのカフェが並び、リゾート客がのんびり歩いていました。


c0039428_23313820.jpg

小高い所にあるレストランでの昼食
レストランには台湾からのツアー客も来ていました。

崩れたような見張り台や教会も残る町でした。


c0039428_23350084.jpg

[PR]
# by small-small-world | 2017-08-16 23:39 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

やはりイストラ半島西岸の町ロヴィニュ
長くヴェネツィアの支配下にあった町で、こじんまりしていますがなかなか良い雰囲気です。
ヴェネツィアへの船の便もあるそうです。

c0039428_09515640.jpg

聖堂のある丘に登る細い道は地元民の生活感のある急な坂道


c0039428_11082208.jpg

c0039428_11081462.jpg

アドリア海を見晴らす丘の上の広場に立つ聖エウフェミヤ教会


c0039428_11083245.jpg

聖エウフェミヤは紀元303年に殉教した女性
棄教を迫られ拷問の末、ライオンにかみ殺される刑を受けたのにライオンは彼女をかみ殺すことはなかったそうです。遺骸はコンスタンティノープルに葬られていたそうですが紀元800年になぜかこのロヴィニュの町の沖合に彼女の石棺が流れ着き、この教会に収められ、町の守護聖人になったということです。

c0039428_11074576.jpg

聖人の遺骸は中世には特別の意味合いがあったようで、遺骸のある教会へは巡礼者が多数訪れたので、遺骸を所有することで教会は経済的に潤ったようです。

これまでに訪れたフランスミディピレネーのコンクの教会や英国シュルーズベリーの教会、さらにヴェネツィアのサンマルコ教会に安置されている聖人の遺骸はいずれもほかの地から移された(盗んだ!)ものでした。

聖エウフェミヤの遺骸はどうなのでしょうか。

高さ60メートルの教会の尖塔の上には聖エウフェミヤの像が町を見下ろしています。
この像は時々向きをかえるそうで、現地ガイドさんは実際に向きをかえたのを見たことがあるそうです。

教会のある丘から港におりる道は細い石畳
雰囲気のある道です。


c0039428_11073434.jpg


海辺の広場ではマーケットが開かれてていました。
よく熟れたサクランボやブドウを味わいました。

ロヴィニュはイタリアに近い人気のリゾートだそうです。
ガイドの話では、リビアのカダフィ大佐は2010年にこのロヴィニュを訪れ、一晩で100万円を飲食しとのだそうです。その翌年に暗殺されたのですから、人の人生はわからないものです。





 

[PR]
# by small-small-world | 2017-08-16 21:34 | クロアチアの旅2017

ポレチュはアドリア海の陽光をいっぱいに受けた明るい雰囲気。
c0039428_16572159.jpg
c0039428_16571464.jpg

小さな岬に開けた旧市街の細い街路にはには観光客がいっぱい。
c0039428_16562881.jpg

旧市街の中央には世界遺産のエウフラシウス大聖堂。
ビザンティン様式の聖堂の入り口は街の通りに溶け込むかのようです。
c0039428_16571080.jpg
c0039428_16570421.jpg

聖堂内の洗礼用の浴槽
ここまで大きい浴槽も珍しいと思います。
c0039428_16565116.jpg

現在残る聖堂以前にあった聖堂の床のモザイク。
c0039428_16562209.jpg

大聖堂には6世紀の美しい黄金色のモザイクの天井画
c0039428_16563488.jpg

イタリアのラベンナのビッターレ教会のものと比べるとこぶりですが、とてもきれいです。
c0039428_16595704.jpg
ところでポレチュでいただいたランチ
黄色いお団子状のものがつけあわされていました。
お店の人に聞いたらポレンタというトウモロコシの粉を練ったものだそうです。
北イタリアでよく食べられる料理だそうです。


c0039428_22142362.jpg

c0039428_22141141.jpg





[PR]
# by small-small-world | 2017-08-15 17:03 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)