今朝の伊豆高原さくらの里
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毎年同じ時期に滞在している伊豆高原。
いつもは桜が数輪咲き始めた頃に残念!と思いながら帰宅するのですが、今年は開花が1週間早くて、桜並木も満開。
淡紅色の桜のトンネルです。
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池地区の紅枝垂れ桜
まだ5分咲。だあれもいなくて、穴場です。
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# by small-small-world | 2018-03-29 12:45 | Comments(0)

蝋梅を見に

2年前から始めた俳句。
まだまだ「凡人」の域を抜け切れないのですが、たった17文字で表す世界の面白さにはまっています。

毎月3つの兼題が出るのですが、今月の兼題のひとつが「蝋梅」。

あまり身近な花ではないので、ネットで検索して、蝋梅園のあるという町田市の忠生公園というところに出かけてみました。

早咲きということで、すでに半数以上の木が満開でした。独特の香りが漂っています。
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花びらがまるで蝋細工のよう。
「梅」と書くけれど、梅ではなく「ロウバイ科」の植物だそうです。
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# by small-small-world | 2018-01-07 19:18 | ☆散歩道 | Comments(0)

旅の終着地クロアチアの首都ザグレブに到着しました。

ザグレブは11世紀末に丘の上に建設された司教座を中心とした聖職者の町カブトルと13世紀に商工業の街として発展したグラデツが合併した街。
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明るく開けたカブトルの丘の上に立つ聖母被昇天教会
青空に塔がひときわ高く見えます。

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聖堂内の壁面全体に書かれた見たことのない文字
グラゴール文字というのだそうです。

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かつてスラブ民族は文字を持っていませんでした。
キリスト教布教のためギリシャの聖職者であるキュリロスとメトディウスという兄弟が作ったのがグラゴール文字。
その後グラゴール文字に代わりキリル文字が使用されることになったのですが、クロアチアでは近代にいたるまで使用されたということです。

カブトルからだらだら坂を下りると雰囲気が変わります。
かつてはカブトルとグラデツを隔てる川だった通り、皮なめしの職人の水車や娼婦宿が並んでいたそうです。

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かつてグラデツは城壁に囲まれていたそうですが、その名残の石の門
18世紀の火事の時にも無事だったマリア像が祭られています。

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坂を上ると聖マルコ教会
かわいらしいモザイクの屋根が印象的です。

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急な坂道を降りると街の中心にあるイェラチッチ広場
中央には民族独立の英雄イェラチッチ将軍の銅像
社会主義時代には撤去されていたそうですが、1991年に元の場所に戻されました。

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広場で開かれているマーケットで残りのクロアチア通貨クーナ(17クーナ)を使ってハーブティーを買っていると
ドラムの音が聞こえてきました。

黒と赤の中世風衣装をつけた男たちが整然と並んで聖母被昇天教会方面から広場を抜けて歩いていきます。
4月から9月の週末だけ行われている衛兵の行進でした。

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さて、クロアチアでの日程はすべて終了
郊外の競技場地区にあるホテルに宿泊(ヨーロッパ柔道選手権の選手たちと同宿でした。)

翌朝国境を越え、オーストリアのグラーツを発ち、ミュンヘン経由で帰国の途につきました。






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# by small-small-world | 2017-08-31 14:54 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

太古には海底にあり、隆起して現在の地形になったというクロアチア
ディナルアルプスの一帯には石灰岩のカルスト地形が点在しています。
世界遺産になっているプリトビィツエ湖畔国立公園もその一つです。

内戦時にはセルビア側に占拠され、一時は危機遺産になったということですが、今では地雷なども撤去され元の姿を取り戻しています。

標高差約100メートルの緩やかな斜面を山間部からの水流が流れ落ち、その途中に石灰質堆積物(石灰華)が自然のダム作り上げています。

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緑豊かな遊歩道を歩いていくと、大小いくつもの滝が現れます。
プリトビィツエでは、下から歩くのがお勧めです。

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下の湖沼群から上の湖沼群へは船で湖を渡ります。





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道すがらには可愛い花が咲いていました。


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楽しくてあっという間の散歩でしたが、10キロほど歩いていました。

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# by small-small-world | 2017-08-29 14:13 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)

ボスニアヘルツェゴビナのモスタルからまた国境を通りクロアチアへ。
今回の旅行では何度も国境を越えましたが、国境を越えるには早くても40分、長くかかるときには1時間半くらいかかりました。

検問にはいろいろなやり方がありました。
バスから下車し、検問所で一人ずつパスポートチェックを受ける。
係官がバスに乗り込んできて、一人ずつパスポートを提示する。
添乗員がパスポートを集め、運転手と一緒に検問所に行き、チェックを受ける。
運転手が検問に来た係官に「日本人だよ」と言ったら、即OKということもありました。

時々トイレ休憩のために停車するドライブインで運転手が2,3本の飲み物を購入するのを見かけました。
後で気づいたのですが、検問の時運転手は検問所の係官にそっと飲み物を渡していました。

バルカン半島を抜けて移動する難民対策なのでしょうか。
もとはユーゴスラヴィアという一つの国家だったのに、複雑なことです。

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                   (写真は観光客でにぎわうモスタル旧市街)

ボスニアヘルツェゴビナからクロアチアへ入るあたりだったでしょうか。
ひときわ新しい家々が並ぶ地域がありました。
ドイツあたりに出稼ぎに行った人たちが建てた家々だということでした。

ムスリム人、クロアチア人中心の政府とセルビア人主体の政府が並立する複雑な政治形態。
内戦で傷んだ国土。
国際援助なくしては成り立たない国民生活。
ほんの数時間のボスニアヘルツェゴビナ滞在でしたが、考えさせられました。






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# by small-small-world | 2017-08-29 11:13 | クロアチアの旅2017 | Comments(0)