Port Townsend~Forty letters from Seattle(1)

シアトルからの便りを読んでいるうちに色々なことを思い出しています。

c0039428_237812.jpgシアトルは海辺の街
ダウンタウンからフェリーに乗るとPudget Soundという多島海を静かに抜け、
対岸のオリンピック半島や島に渡ることができます。

私たちも週末を利用して何度かフェリーでのショートクルーズを楽しみ、オリンピック半島やPudget Soundに浮かぶ島を訪れたものでした。


c0039428_20361649.jpg春の1日
シアトルから30分ほどのところからフェリーに乗って30分。降りてから浮橋を渡って40分。
オリンピック半島の北東の端にあるPort Townsendという町を訪れたことがありました。

                 Port Townsend


c0039428_22592160.jpgPort Townsendはこのあたりでも早くから開けたところで、1880年頃には人口2万人もある大きな港町として栄えましたが、その後すたれた静かな町です。
栄えた時期に建てられたビクトリア風の家々が立ち並び、かつての栄光をしのばせるように町の規模のわりに大きな郵便局や裁判所があります。

           (写真は2枚ともPort TownsendのHPから転載)

1977年5月3日付けの手紙から

なんと幸運なことにこの日は春秋一回ずつのVictorian Home Tour というイベントの日にあたっていました。

1880年代に建てられたビクトリア風の家の中から10軒が中を公開しているのですが、それぞれが工夫をこらして古い家をきれいにして住んでいて、家具やインテリアや刺繍の額やキッチンなど、とにかく参考になりました。

だいたいの家が建てた人の手を離れて現在の所有者の手に渡っており、中には手が行き届かず、ベッドルームの壁が落ちている家もありましたが、今の所有者が古い家を改装して、きれいに住んでいるわけです。

どこの家も家族が盛装して迎えてくれます。小学生の子どもまでロングドレスを着て、チケットをチェックする役をしていました。

10軒の中で一番立派だったのは、かつてドイツ領事館だった家。塔もある3階建、ベッドルームもいくつもあって、それぞれのベッドには手編みの素晴らしいカバーがかけてあり、刺繍の額があちこちにかけられ、壁紙がまたきれいでした。

それぞれの家の中には大切にしている銀器や絵などが飾りつけてありましたが、中には日本や中国の掛け軸や絵皿、広重の五十三次の浮世絵などもありました。

船長をしていた人の建てた家の中に山水画の掛け軸がかけてあったので立ち止まって見ていると、家の女主人が「ここに何が書いてあるのかわかるか」と絵の上部に書かれている漢詩を指差しました。
ここで慌てては日本の恥とばかり落ち着いて読んでみると、なんのことはない渓流のそばの小さな家で汝と対座して酒を酌み交わす・・・簡単な説明的な詩。」
これはpoemだといって内容を説明したら、とても感謝されてしまいました。この船長さんは19世紀に5年間ほど日本に住んだことがあるそうで、横浜あたりの骨董屋ででも買ったものなのでしょうか。

金色に輝くオリンピック半島の山々を見ながら帰宅しました。(Summer Timeなので日没は8時20分頃です)
思いがけなく素晴らしい一日でした。


アメリカ北西部の小さな町Port Townsend
人々が日々の生活を静かに心豊かに過ごしているのに心打たれたのでした。
あれから32年たちましたが、現在でも当時と変わらない静かな生活が営まれているのではないでしょうか。

後日、有島武郎の「或る女」を読んだら、ヒロイン葉子が船でアメリカへ渡るときPort Townsendを通過したことが書かれていて、なつかしく思ったものです。日本からアメリカに渡るには、Pudget Soundを通過し、Seattleに入港していたのですね。
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by small-small-world | 2009-05-28 23:19 |    思い出の街角 | Comments(0)