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オークランド旧市街~オークランドからⅦ~

入り組んだ入り江と島々に囲まれ、小高い丘の点在する地形のこの地はかつてマオリ語でTamaki Makau Rau(100人の恋人を持つ乙女)と呼ばれたそうです。ワイタンギ条約が調印された1840年、植民地の新しい首都をこの地とすることになったとき、ホブソン大尉は上司の名前を町の名にしたのです。それが「オークランド」の始まりです。

大急ぎで町の体裁を整えたのでしょうがオークランドが首都だったのはわずか25年間だけでした。今でも街の中にはその頃の古い建物がまだ残っています。

c0039428_2221527.jpgアジアとくに上海などに行くと町中が建設ラッシュ。古い町並みを壊し、高いビルを次々に建てているのに驚かされます。オークランドでは新しいビルを建築している光景を見ることがなかったと思います。中国のように極端な成長をしている国ではないのでしょう。クイーンズ・ストリートを海まで歩き右折したあたりには、19世紀に建てられた建物が並んでいます。いずれも今は空き家になっていて、壁にはその建物の由来を記したボードが貼ってあります。現在は市または市の関連財団の所有になっているようですから、そのうちオークランドの歴史を語る街並みとして再生させようという計画なのでしょう。c0039428_22221328.jpg


c0039428_22224937.jpg港の建物は黄土色の立派なものですが、そこは現在レストランになっています。2階のHarbour Side で帰国の前夜食事をしました。窓からは船出して行くフェリーの船尾灯が小さくなっていくのが見えました。  
 Harbour Side restaurant


by small-small-world | 2005-06-01 22:27 |    ニュージーランド2005 | Comments(0)

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