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河北町紅花資料館~山形・歴史と染織探訪の旅(2)

慈恩寺から河北町まではタクシーで10分ほど
さくらんぼの産地として有名なこのあたり
さくらんぼ畑(?)があちこちにあります。

c0039428_23175431.jpg河北町は古くから紅花の産地として有名なところ
紅花は赤色を染める染料(写真はドライフラワーの紅花。実際は夏の花)
江戸時代には、紅花は最上川を下り、日本海側の酒田から船で京都へ運ばれました。

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紅花を商った河北町の名主堀米家は朱印状をいただくほどの豪商
その屋敷跡が現在では紅花資料館になっています。
この紅花資料館も訪ねてみたかったところのひとつでした。

堀米家は幕末には農兵隊を組織するなどの力があったということです。母屋はすでに残っていませんが、3000坪ほどの屋敷内には蔵や長屋門や庭園があり、往時をしのばせます。

c0039428_23162832.jpg紅花染めに関心があったのですが、実際の紅花染めの工程を知ったのは今回が初めてでした。
紅花は蒸して団子状の塊にしたのを干して、籠に積め、馬の鞍の両側に積んで最上川の船着場まで運んだそうです。

紅花は大変に高価なもので、資料館に展示してあった当時の借用証文によれば、30両借用するための借金のかたが64袋の紅花だったということでした。現在の価値に換算するとどれぐらいになるのでしょう。

今から38年前東大紛争時に東大文学部長をされていた故堀米庸三氏は、この堀米家の三男坊でいらしたとか。
今夏、氏の「中世の光と影」(講談社学芸文庫)を読んだのですが、歴史の流れの躍動的な描かれた方と同時に氏が大変ロマンティックに歴史を感じとられていたことが印象的でした。とくに氏が「カノッサの屈辱」で知られるカノッサを訪れたときの静かな感慨を読んで、遅ればせながら堀米氏の歴史の本のファンになってしまいました。

c0039428_23183549.jpgところで河北町の名物はスリッパ。全国のスリッパの25%を生産し、スリッパ卓球なるものまであるそうです。資料館のスリッパもなかなか綺麗な紅色でした。




ところで寒河江も河北も旅行者にとってはとても不便なところ。
町を走る路線バスというものがない様子。
自家用車またはタクシーしか移動手段がありません。
河北から最も近いJR「さくらんぼ東根」駅までタクシーで15分はかかりました。
by small-small-world | 2007-11-14 23:27 |   山形染織探訪2007 | Comments(0)

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