天童市旧東村山郡役所資料館~山形・歴史と染織探訪の旅(3)

c0039428_21463588.jpg乗り降り自由なJR土日切符での旅行。
せっかくなので天童駅で途中下車してみました。

天童というと将棋の駒の名産地というくらいの知識しか持ち合わせないのですが
将棋にはまったく関心がないので、駅ビルのなかにある将棋資料館はパス。

次の列車の時間のことを考えると町中散歩に使える時間は1時間ほど。
駅前にあった地図を見て、駅から1キロほどのところにある「天童市旧東村山郡役所資料館」まで行ってみることにしました。

小雨が降っているせいか大きな蔵のある家が並んでいる通りを歩いている人はほとんどいません。

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例によっていきあたりばったりで訪ねた天童市旧東村山郡役所資料館はなかなか興味深い近代洋風建築でした。

明治11年に建設され、県下の洋風建築ではもっとも古いものだそうです。
小高いところにすくっと建つ様は天守閣を思わせます。
昨年訪れた山形市の済生会病院(現山形県資料館)も明治11年建築だそうですから同じ時期のもの。
何を手本に建設したのか、明治初期の洋風建築には地元の匠たちの想像力を感じます。

c0039428_21474666.jpgステンドグラス入りの窓は当時としてはかなりハイカラなものだったことでしょう。これとそっくりのステンドグラスは済生会病院(現山形県資料館)にもありました。

幕末の天童藩は石高2万石。藩主は織田信長の子孫織田信敏。写真が展示されていましたが、フィギュアスケートの織田信成君とどこか面立ちが似ていました。
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by small-small-world | 2007-11-16 22:05 |   山形染織探訪2007 | Comments(0)