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天然酵母つくり~その6~

26日に仕込んだ元種。

元気よく発酵を続けたので仕込んでから約22時間後、さらに強力粉を加え元種Bを作り始めました。

12時間後、たしかにぶつぶつと発酵を続けているのを見届けて就寝。

ところが・・・・・
by small-small-world | 2005-06-28 21:11 | ★おいしいもの | Comments(4)

京都にて~北野天満宮大茅の輪くぐり~

6月25日。北野天満宮の「大茅の輪くぐり」に行ってみました。

c0039428_002544.jpg9時頃に到着したときには楼門に取り付けられた直径5メートルはある大茅の輪の半分以上がすでにむしりとられ、たくさんの人が楼門の下で自分の茅の輪を作っているところでした。

どんな風に作るのか、いつまでどこに飾るのか、その場だけでも諸説飛び交っていました。「来年の節分まで」「正月の注連縄を飾るまで」「玄関に」「神棚に」・・・・・・。

c0039428_011029.jpgおそらくこんな輪の形に作るのでしょう。社務所でわけているのもこんな形でしたから。


c0039428_013523.jpg楼門脇で茅をなっている男性がいました。その手際の見事さにまわりにいる人たちが次から次に茅をなってほしいと注文するので、ずっとすわりっぱなしでした。もちろん私もなっていただきました。


c0039428_02238.jpgさて、茅の輪くぐり用の直径2メートルほどの茅の輪は拝殿の前にすえられていました。「蘇民将来」と唱えながら茅の輪の左右を八の字を描くように3回まわります。

本来茅の輪くぐりは6月晦日に行われるですが、北野天満宮では天神様の誕生日の6月25日にも行うということです。

「茅の輪行事の意味について」
故大森志郎氏はその著書「やまたのをろち」(昭和45年・学生社)の中で茅の輪は蛇の形象であること、三度茅の輪をくぐるのは蛇を斬ることの模擬、茅の輪くぐりの行事は祓いの行事そのものであることを各所の例をひいて論じています。大森志郎氏によると備後の国風土記に
「吾はハヤスサノヲの神なり。後の世に疫気あらば、汝蘇民将来の子孫と云いて、茅の輪を以って腰の上に着けよ。詔のまま着けしめば、すなわち家なる人は免れん、と詔りたまいき」
とあり、それがこの茅の輪行事の起源なのだそうです。

c0039428_053444.jpg境内やその周囲は縁日の露店で大賑わい。
骨董市にはありとあらゆるものがならべられていました。


c0039428_06776.jpgc0039428_063138.jpg結局古びたお猪口で作ったちりめんの針刺しをおみやげに買いました。

by small-small-world | 2005-06-27 00:12 | Comments(1)

天然酵母つくり~その5~

3日間冷蔵庫の中でお休みしていた天然酵母つくりを再開しました。

今日から元種を作ります。お休みしていたレーズンエキス、ちょっぴりビールのような香りがしています。

c0039428_22245671.jpgレーズンエキス  300グラム
強力粉       190グラム
塩            5グラム


c0039428_22282146.jpg8時間半後。酵母が活動していて、泡がぶつぶつ出てきました。


これをさらに8時間以上おきます。
by small-small-world | 2005-06-26 22:30 | ★おいしいもの | Comments(1)

天然酵母つくり~その4~

c0039428_21384810.jpg丸5日目
大きな泡がブクブク出ています。
ふたを開けるとブシューという音とともに液がこぼれだしました。たしかに発酵しています。

反省1: ビンが小さすぎたようです。ガスがたまる空間が必要でした。

c0039428_2139780.jpgレーズンを漉して、レーズンエキスが出来上がりました。


ここに粉を入れ、元種を作ります。パンを作るにはこの元種を16~24時間おき、さらにそこに強力粉をいれ、16~24時間発酵させる必要があります。

なんて手間がかかるんでしょう!!

ところがこんなに手間がかかるとは知らず、あさってから土曜日まで留守にするのです。

レーズンエキスは、冷蔵庫に保管して帰宅してから再挑戦します!

反省2:天然酵母つくりをするときは、スケジュール表をよく見てから。
by small-small-world | 2005-06-21 21:41 | ★おいしいもの | Comments(1)

天然酵母つくり~その3~


c0039428_16143513.jpg丸4日目。
レーズンが全部浮き上がり、細かい泡が出てきました。ふたを開けると「プシュ・」と小さな音。

by small-small-world | 2005-06-19 16:16 | ★おいしいもの | Comments(1)

成就院の紫陽花

梅雨の晴れ間、混んでいるのを承知で鎌倉に紫陽花を見に行きました。


c0039428_0301136.jpg

極楽寺駅から成就院までの道はまるで蟻の行列。


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紫陽花は七里ガ浜を望む坂道の両脇に植えられています。ピンク系の花が多かったようです。


明月院境内の紫陽花に比べると、色も風情もやや譲ると思います。

昼食は鎌倉文学館近くの地魚料理はま善で。

はま善
by small-small-world | 2005-06-19 00:49 | ☆散歩道 | Comments(0)

天然酵母つくり~その2

c0039428_0171178.jpg丸3日目。
干しブドウの香りに加えやや発酵しているらしい香りがまじりました。泡がちょっぴりでてきました。

by small-small-world | 2005-06-19 00:18 | ★おいしいもの | Comments(0)

天然酵母つくりに挑戦!

レーズンと水から天然酵母ができて、それでパンが焼けるんですって!!

といってもなかなかむずかしいらしいけど・・・・・・。

再チャレンジ 天然酵母作り

私も図書館で借りたグラフ社「パオの天然酵母パン」を参考に始めてみました。

c0039428_18351614.jpg

レーズン70グラム
水400cc
by small-small-world | 2005-06-15 18:41 | ★おいしいもの | Comments(1)

オークランド旧市街~オークランドからⅦ~

入り組んだ入り江と島々に囲まれ、小高い丘の点在する地形のこの地はかつてマオリ語でTamaki Makau Rau(100人の恋人を持つ乙女)と呼ばれたそうです。ワイタンギ条約が調印された1840年、植民地の新しい首都をこの地とすることになったとき、ホブソン大尉は上司の名前を町の名にしたのです。それが「オークランド」の始まりです。

大急ぎで町の体裁を整えたのでしょうがオークランドが首都だったのはわずか25年間だけでした。今でも街の中にはその頃の古い建物がまだ残っています。

c0039428_2221527.jpgアジアとくに上海などに行くと町中が建設ラッシュ。古い町並みを壊し、高いビルを次々に建てているのに驚かされます。オークランドでは新しいビルを建築している光景を見ることがなかったと思います。中国のように極端な成長をしている国ではないのでしょう。クイーンズ・ストリートを海まで歩き右折したあたりには、19世紀に建てられた建物が並んでいます。いずれも今は空き家になっていて、壁にはその建物の由来を記したボードが貼ってあります。現在は市または市の関連財団の所有になっているようですから、そのうちオークランドの歴史を語る街並みとして再生させようという計画なのでしょう。c0039428_22221328.jpg


c0039428_22224937.jpg港の建物は黄土色の立派なものですが、そこは現在レストランになっています。2階のHarbour Side で帰国の前夜食事をしました。窓からは船出して行くフェリーの船尾灯が小さくなっていくのが見えました。  
 Harbour Side restaurant


by small-small-world | 2005-06-01 22:27 |    ニュージーランド2005 | Comments(0)

マオリの文化~オークランドからⅥ~

オークランドの住民の11%を占めるのがマオリ族。キャプテン・クックがニュージーランド島に到着したとき彼を迎えたのがマオリ族です。マオリ族には文字がないのですが、14世紀頃カヌーをしたてて南太平洋の島々から渡ってきた歴史を口承で伝えています。

c0039428_085073.jpg小高い丘の上に立つオークランド博物館(オークランドには40個ほどの休火山がありますが、博物館の立つ丘も休火山だそうです。)


c0039428_09431.jpgオークランド博物館の1階にはマオリ族の民族文化が展示されています。中でも素晴らしいのが、kauriの木をくりぬき、素晴らしい彫刻をほどこしたカヌーです。1860年代に作られたもので、全長5メートルもあり100人の漕ぎ手を必要とした大きな船です。それぞれの集落の集会所でもあった大きな木の建物の内部にも彫刻がぎっしりとほどこされています。アワビの貝殻をはめこんだ瞳をもつ怪物の顔は舌をべろりと出した奇怪な顔です。敵を威嚇するためということです。

オークランド博物館

c0039428_0115442.jpg博物館では、日に3回マオリ族の民族舞踊を上演しています。戦闘の始まる前に気持ちを鼓舞するために踊るというHaca.。眼をむき、胸板が真っ赤になるほど拳でたたきながら踊る姿は、相撲の高見盛が取り組み前に胸板を叩く仕草によく似ています。


“Our culture is vanishing.”と上演中に語っていましたが、マオリ族はどのようにその民族文化を伝えていけるのでしょうか。

c0039428_0124514.jpg博物館には、小学生の見学グループが何組か来ていました。多文化社会のニュージーランドではあるけれど、マオリ族の文化を大切にすることは国家のアイデンティティの確立と密接につながっているのでしょう。


市立美術館には、ワイタンギ条約締結前後のニュージーランドの様子、顔中に刺青をした当時のマオリ族のリーダーたちの肖像画が並んでいます。500人のスコットランドからの移住者たちが、オークランドに入植したのは1842年のこと。たった160年前のことなのです。

オークランド市立美術館

ニュージーランドの地名はマオリ語のものが多く、似たスペリングのものがかなりあるので、ドライブするとき地図や道路標識の地名を直感的に読めないので困りました。
by small-small-world | 2005-06-01 00:16 |    ニュージーランド2005 | Comments(0)

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