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プラハ散歩(7)~チェコ&ドレスデン2018(17)

プラハの劇場のオペラやバレエの公演はネットで予約できるので便利です。
滞在中に「椿姫」の公演があることはチェックしていたのですが、
1か月前になっていざ予約しようと思ったら、すでに時遅し。
「お問い合わせください」の表示になっていました。

HP記載のメールアドレスに連絡したところ、すぐに返信がきました。
30分間の数回のやりとりの後、チケット2枚を入手できました。

日本国内でオペラを観ようとすると大変高額なのですが、
海外ではそれほどの値段ではないので助かります。
ちなみにプラハのオペラは一人51ユーロでした。

ヴルタヴァ川の川岸にある国民劇場
19世紀中頃、チェコの学校や官庁ではドイツ語が使用され、劇場でもドイツ語劇が上演されていました。
チェコ人によるチェコ語の劇場をという民族復興運動の機運の中で、市民から資金を集めて建設されたもの。

やっと入手したチケットは舞台正面ではありましたが、最後列でした。
一つも空席がないほどの満席でした。

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早めに到着したので、館内を目立たないように写真に撮っていたのですが、
なんのことはなし、チェコの人たちもみんな館内を撮影していました。

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幕間にバルコニーに出ると対岸の王宮の丘に入日があたりきれいでした。

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「椿姫」

by small-small-world | 2018-08-25 16:38 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)

プラハ散歩(6)~チェコ&ドレスデン2018(15)

プラハには大変多数のユダヤ人が居住していました。
18世紀ユダヤ人に寛容だったヨーゼフ2世への感謝を込め、ユダヤ人のゲットーはヨゼフォフと呼ばれています。

ヨゼフォフは他の地域とは違う雰囲気です。

ピンカス・シナゴーグの内部は厳粛な雰囲気です。
派手の装飾も祭壇もない堂内
壁に近づくと、色石かとも見える壁面一面にナチスドイツに殺された7万人以ユダヤ人の名前がぎっしりと書かれています。
一言も発することのできない緊張する空間です。

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2階の一室には亡くなった子供たちの描いた絵が展示されています。
幸せな家庭生活の絵に胸がつまります。

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シナゴーグの横にはユダヤ人墓地。
1400年頃から1787年までに埋葬された墓地
古い墓石が折り重なる1万以上の墓石
墓石の下には20層にも及ぶ埋葬者が折り重なっているといいます。


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ユダヤ人のだんたいでしょうか、20名ほどのグループがガイドの話を真剣に聞いていました。
狭い通路でしたが、追い抜くことはできませんでした。

墓地を出たところにある儀式の家
ユダヤ人の葬儀についての資料館でした。

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にぎやかなプラハ旧市街にもどり、なぜかほっとしました。



by small-small-world | 2018-08-24 17:59 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)

プラハ散歩(5)~チェコ&ドレスデン2018(14)

プラハでは地下鉄、トラムなど公共交通は共通のチケット。
70歳以上のシニアは無料です。

地下鉄で驚くのは、地下深くを走っていること。
ホームまでは長いエスカレーターを少なくとも2回は乗り継がないといけません。

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エスカレーターは、ごうごうと音をたてながら、日本より早いスピードで動いています。
上りに乗るときにはそうでもないのですが、下りに乗るときには転がり落ちるのではないかと心配になります。

核シェルターなのではと聞きましたが、ほんとうにそうなのかも・・・・。

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by small-small-world | 2018-08-23 20:46 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)

プラハ散歩(4)~チェコ&ドレスデン2018 (13)

チェコ5日目
一日プラハ市内を散歩することにします。

午前中は天井のフレスコ画とビールの醸造所のあるというストラホフ修道院へ。
地下鉄で王宮の丘側にわたり、ガイドブックの指示通りトラム22番線に乗り、Pohorelic
という停留所を目指します。

王宮近くの停留所でほとんどの観光客が下りてしまい、
残された乗客だけでトラムは一般市民が住んでいそうな団地地区にさしかかっていきます。
おかしいと思っているうちにトラムはとうとう終点に。

さて、私たちはいったいどこにいるのでしょう。

停留所にやってきたシニア男性に地図を見せて聞きましたが、英語がまったく通じません。
それでも親切な方で、なんとか教えてくださろうとし、戻る方向のトラムに乗りました。

トラムの中でシニア男性は乗ってきたややヤンキー風の若者に声をかけてくださり、
若者に聞いて着いたのは王宮前の停留所。

ガイドブックにあったPohorelicは王宮のすぐ近くのホームもないような停留所でした。

王宮の前から何人かの人に道を尋ねながら、
立派なロレッタ教会の前を通り、やっとストラホフ修道院にたどり着きました。

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王宮の間近、木々に囲まれたストラホフ修道院は1140年の創設。
国王の庇護のもと、チェコの学問の中心になっていったそうです。

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世界一美しい図書館と称する図書館には13万冊の蔵書があるとのこと

こちらは17世紀に造られた神学の間

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こちらは18世紀に造られた哲学の間

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美しい天井画ですが、入り口の柵の外からしか見ることができません。
入場している人たちもいましたが、特別許可なのでしょうか。

内部の写真を撮るには50コロナ(250円)支払って、胸にステッカーをはらなければなりません。

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修道院の庭にはビールの醸造所とレストランがあります。
ここで昼食にしました。

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生牛肉のステーキ
ニンニクみじん切りとよく混ぜ、パンにのせてたべます。

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私はチーズをズッキーニの薄切りで巻いたもの

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フルーティーなビールもおいしかったです。

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修道院からマラーストラナ地区を通ってカレル橋に向かう坂道
葡萄畑があり、プラハの街が見渡せます。
夏休み直前の子供たちの遠足の時期、ここにも小学生の一団が先生の説明を聞いていました。

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通りにはマリオネットの店、ジンジャーブレッドの店があったり、雑踏の旧市街の王の道より楽しめます。

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マラーストラナ広場
貴族の宮殿が並ぶ豪華な広場です。
カレル橋はすぐそこです。

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by small-small-world | 2018-08-23 16:18 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)

チェスキークルムロフ(3)~チェコ&ドレスデン2018(12)

プラハの旧市街の観光客の多さにはびっくりしたのですが、
チェスキークルムロフも多くの観光客でにぎわっています。
しかもそのほとんどが中国系。

展望台という展望台は中国系の団体客でいっぱい。
にぎやかに派手なポーズをとって写真を撮りあっていて、圧倒されてしまいます。
仕方ない・・・・私たちは隅っこで。

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夕方静かに夜景を楽しもうと外に出ると
そこにも中国系の若者たち

とにかくハイテンションでエネルギーに溢れている中国系の方々です。


街の中央の広場に面した建物の一つは「上海飯店」
中国系の旅行社もあって、にぎわっています。

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チェコを訪問する中国人は毎月10~20%ずつ増え続けているということです。

先日行った京都でも同じでした。
海外に出られるようになったのは良いことと思います。
嵯峨野のあるお寺のご住職のお話では、
中国の若い世代は英語も話し、国際的感覚の持っているが、その上の世代はまだまだ。
お寺のトイレのトイレットペーパーのストックを全部持っていかれたり
絵馬を全部持ち帰られたり、驚くことが多いそうです。

海外では、自国の代表のつもりで過ごしたいものです。



by small-small-world | 2018-08-22 18:03 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)

チェスキークルムロフ(2)~チェコ&ドレスデン(11)

朝のチェスキークルムロフの広場
観光用の気球が上がっています。

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朝早く空いているうちにとチェスキークルムロフ城に行ってみると
なんと月曜日はお休み。
フルボカー城は月曜日お休みとわかっていたのですが、
チェスキークルムロフ城が月曜日休みとは。ガイドブックの記載を見落としました。

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城内には入れませんでしたが、塔と博物館には入れました。
塔の上からは街や遠くの丘が見渡せました。

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博物館ではチェスキークルムロフを治めた代々の領主の肖像やエピソードをゆっくり読みながら見学しました。

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有力な貴族らしく、専属の楽隊があったらしく管楽器や太鼓などの展示もありました。

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最後の領主夫妻。チェコから脱出後 領主は1950年、妻は1979年に亡くなられたということです。

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観光写真では遠景しか見ることのなかった塔
ピンク色に塗られていたとは知りませんでした。

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宮殿の壁や軒下
石を積んだように見えるのは絵。

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彫像が飾ってあるかと思えば、これも絵。

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16世紀頃のボヘミア地方で流行したスグラフィト技法=だまし絵だそうです。

川岸まで下りて、昼食にしました。
塔で一緒だった韓国からの女性にここで再会しました。
私はパスタ。
つれあいは豚膝肉のロースト。
固くて、完食は無理だったようです。

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川では高校生のサマーキャンプでしょうか、カヌーの一団が早瀬を渡っていきました。

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クラフト市が開かれていましたので、地元の家庭で織られた麻布を購入しました。

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街中で出会ったのは郵便配達の女性
小さい街なので歩いて配達するほうが便利ですね。
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お天気もいいし、気持ちのよい一日でした!

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by small-small-world | 2018-08-18 15:10 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)

チェスキークルムロフ(1)~チェコ&ドレスデン(10)

フルボカー城からチェスケー・ブディエヨヴィツエまで戻り、
バスステーションのあるショッピングモールで小休止。
(カフェの物価の安さにびっくり)

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そこからチェスキークルムロフまでは30分バスで30分ほど。

バス停から少し上ると観光写真でおなじみのチェスキークルムロフの街が見えてきました。

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チェスキークルムロフは蛇行するヴルタヴァ川に囲まれた巾着のような土地1253年頃に開かれた町
1302年からロゼンベルグ家がこの街を支配するようになり、川岸の丘に城を築き、街を発展させました。
領主はロゼンブルグ家、エッゲンブルグ家と引き継がれ、1719年からはドイツ南部の有力貴族シュヴァルツエンベルグ家がこの一帯を支配することになりました。
その間城はゴシック様式からルネサンス様式へさらにはバロック様式へと改装されていきました。

領主のシュヴァルツエンベルグ家はフルボカー城に居住していたのですが、街は城下町として栄えました。
1910年当時の住人の85%はドイツ系。チェコ人は隷属的立場に置かれていました。

1939年シュヴァルツエンベルグ家が国外に逃れ、第二次大戦後ドイツ系住民が国外に追放処分を受けた後、チェスキークルムロフは荒廃し、街はロマ人たちが住みつくようになりました。

ビロード革命後、1992年街は世界遺産に認定され、街は修復され、ホテルや土産物店が立ち並ぶ観光都市になっていったということでした。
1970年当時チェスキークルムロフを観光で訪れるという話を聞かなかったのはそういうわけだったのですね。

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夕方散歩にでました。

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夕食は ホテルの隣にあるクルチュマ・フ・シャトラフスケーというレストランで。
居酒屋風の店内にレンガ作りの炉があり、マスターが汗を拭きながら、肉をグリルしてくれるという野趣あふれる店でした。
おもしろいお店でしたが、狭い店内は客は賑やかな中国人客が多く、そこはやや興ざめでした。

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by small-small-world | 2018-08-16 21:53 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)

フルボカー城~チェコ&ドレスデン2018(9)

さてチェコ3日目
南西部のチェスキー・クルムロフ方面に1泊ででかけます。

出発前に予約したチェスキー・クルムロフ行きのStudent Agencyのバスは満員でした。

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チェスケー・ブディエヨヴィツエで途中下車し、フルボカー城方面行のバスに乗り換えて、約30分。
緑豊かな小集落で下車。

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急な坂道を上っていくと丘の上にお城が見えてきます。
その昔は馬車でのぼった道でしょうか。

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丘の上には広々した庭園
そしてよく手入れされた白亜のお城

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ガイドツアーに参加しないと内部を見学できないので、1時間ほどのんびりと時間をつぶしました。

城を所有し、第二次世界大戦までこの城に居住したのはチェコの有力な貴族シュヴァルツエンベルグ家
チェスキークルムロフもシュヴァルツエンベルグ家の領地ですが、
同家はフルボカー城をネオゴシック様式に改装し、この城に居住したそうです。
森に囲まれたこの地が気に入ったのでしょうか。

城の内部は撮影禁止でしたが、それはもちろん美しいものでした。

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シュヴァルツエンベルグ家は1939年ドイツのチェコスロバキア併合に反対し、国外に脱出しました。
大戦後シュヴァルツェンベルク家は所領の返還を求めましたが、
1947年チェコ政府はにシュヴァルツェンベルク家の所領を没収する法律を制定し、
シュヴァルツェンベルク家は所領のすべてを失ってしましました。
シュヴァルツェンベルク家が去った後、城は国家の管理下に置かれたそうです。

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城内の図書室には重厚な古典類に混じって、アガサクリスティーの小説もあるとガイド氏。
城内では脱出まで普通の生活が送られてきたのだと実感しました。






by small-small-world | 2018-08-12 16:04 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)

プラハで誕生日~チェコ&ドレスデン2018(8)

プラハ滞在中に**才の誕生日を迎えました。

NHKの「二度目のプラハ」という番組で紹介されていた「Next Door」という店に行ってみました。

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ザリガニのスープ
濃厚でおいしかったです

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それぞれこんなものをいただきました。

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付け合わせの白いのクネドリーキ。蒸しパンのようなもの。


by small-small-world | 2018-08-11 22:15 | Comments(0)

クトナーホラ(2)~チェコ&ドレスデン2018(7)

クトナーホラのセドレツ地区からクトナーホラ旧市街まではバスがあるようなのですが、
頼りないバス停があるだけなので、歩いて向かうことにしました。

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人通りのない道を1時間
チェコの普通の市民の暮らしを感じながら歩いていくと、やがて旧市街にたどり着きました。

街の中心のパラツキー広場
鉱山の街ということで、荒々しい雰囲気かと思っていましたが、明るい色合いの建物が並んでいます。

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一角にあるレストランで食事
暑い中を歩いてきたので、ここでもまずビールです。

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まずイタリアン・コートを訪れました。
観光客など一人もいませんでしたが、ガイドツアーに参加すれば内部を見学できるというので申し込んでみました。

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ガイドは鍵の束を持った青年。
一部屋ずつ鍵を開けては案内してくれました。

イタリアンコートは1300年に創設された王立の造幣局
この建物内で貨幣を鋳造していました。

ガイドの青年が貨幣の鋳造を実演してくれました。

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2階部分は宮殿になっています。
歴代の国王が滞在することがあったそうです。
今では結婚式の会場として使われているそうです。

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最奥には小さいけれどとてもきれいな国王用のチャペルがありました。(写真不可でした)

別れ際にガイドの青年が

「ガイドを聞いてくれてありがとう。ところであなたたちが日本から来たのなら質問があるのだけど・・・
日本の人はどうして大きくて立派なカメラを持っているの?」

質問の意図はわからなかったのですが、大きなカメラをみんなが持っている訳ではないし、
大きなカメラを持っている人はカメラが趣味かプロだと思うと答えました。

中世に銀山として栄えたクトナーホラ
ドイツ系の技術者や鉱夫によって採掘され、坑道は深いところでは地下500メートルもあったそうです。

イタリアンコートの裏手、斜面の葡萄畑の向こうに奇妙な尖塔の大きな聖堂が見えてきました。
1380年に着工された世界遺産の聖バルバラ教会です。
聖バルバラは鉱山の守護神だそうです。

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教会に向かう坂道 景色のよい道です。
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教会は当時の市民たちの募金で建立されたそうで、教会の天井には寄付した市民たちの紋章が描かれています。
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堂内のフレスコ画には採掘作業を描いたものもありました。
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鉱夫の像腰には動物の毛皮細い坑道を滑るように進んでいったのだそうです。
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クトナーホラ ムニュスト駅までひたすら坂をくだって。ピンク色のかわいい駅舎kara4おもちゃのようなかわいい電車でクトナーホラ駅に向かいます。
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by small-small-world | 2018-08-11 21:40 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)

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