中世のボヘミアの繁栄を支えたのはプラハの南東にあるクトナーホラ(ホラは山という意味)という銀山でした。
13世紀にはクトナーホラで産出される銀は全ヨーロッパで産出される銀の3分の1を占めていたそうです。

クトナーホラの銀で鋳造される銀貨はボヘミア国王の重要な財源となり、その財源でプラハの街も築かれていたともいえます。
しかし、16世紀半ばには銀は枯渇し、貨幣の鋳造も中止され、プラハに次ぐ第二の都市クトナーホラは衰退してしまいました。

1995年に聖バルボラ教会とセドレツの聖母マリア大聖堂が世界遺産として認定されています。

プラハ中央駅からクトナーホラまでは直通もあるらしいのですが、私たちの乗った列車は2度乗り換えて(3本目の列車はなんと3階建てでした)クトナーホラ駅に着きました。
小さな駅ですが、案内所があり、そこで地図と情報(日本語のパンフレットがありました)を入手して歩き始めました。

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セドレツ地区までは歩いて15分ほど

世界遺産になっている聖母マリア大聖堂
もとは12世紀に建てられたシトー派の修道院だったそうですが、フス派の戦いで焼失し、17世紀末に再建されたもの。
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外見はシンプルですが、内部は大変明るく愛らしい雰囲気です。
座席の脇はきれいな花の彫刻で飾られています。

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祭壇の両脇のガラスケースの中に小柄な男性が横たわっています。
大昔の聖人の遺骨に蝋細工の頭部をつけて祀ってあるものとのこと
信者でない私にとっては、申し訳ありませんが薄気味悪いものでしかありません。
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聖母マリア大聖堂から5分ほどの小ぶりな聖堂は墓地教会
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この聖堂の地下に降りたとたん、すーっと冷たいものが走り抜けました。
薄暗い空間に大きなシャンデリアがつるされ、アーチは整然と装飾されているのですが、
それらはなんと頭蓋骨や骨盤の骨
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左右には高さ3メートルを超える頭蓋骨の山
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恐ろしくて直視することもできず、写真だけ撮って早々に退出しましたが、
あとで写真を見て改めて恐ろしくなりました。

13世紀中ごろセドレツの修道院長がエルサレムのゴルゴダの丘の土を一握り持ち帰り、
それをこの地に撒いたことからこの地が聖地となり、この地に埋葬される人が続出。
さらにペストで死亡した人やフス派の乱で亡くなった人の遺骨など、
4万人ほどの遺骨がこの地に弔われ、積み重ねられたたそうです。

1,870年になり、領主のシュヴァルツンヴェルクの命で木彫家が現在のような
骨を使用した装飾を組み立てたのだそうです。
頭蓋骨を一つずつ洗い、組み立てていく作業を木彫家がどんな思いでしたのか
想像することは難しいことです。







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# by small-small-world | 2018-08-11 14:25 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)

旧市庁舎広場から細い路地に入ると面白いストリートマーケットがあります。
そこで子供向けに愉快なお土産を購入しました。

その先の小さな広場にあるのはベツレヘム礼拝堂です。
建物は修復中なのか幌がかかっていましたが、1391年から1402年頃建てられた飾り気のない建物です。

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内部も実にシンプルで、まるで体育館のようです。
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このシンプルな聖堂でヤン・フスが当時のチェコの人々に
「聖職者の指図にただしたがうのでなく、自覚をもって神の正義の実現に向けて努力せよ」と説いたのでした。
(写真奥の小さな演説台、入り口の高さは150センチほどしかなく、フスは小柄だったようです。)
一度に3000人もの人々が、この聖堂でフスの説教をを聞いたということです。

1415年フスはコンスタンツ公会議に召喚され、自説を撤回を拒否したため、火刑に処され、その灰は川に流されました。

聖堂の内部にはフスの事績のフレスコ画が描かれています。
写真は火刑に処されるフス。
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堂内を案内してくれた女性は私たちが日本から来たと聞くと
「私は、ヒロシマ、ナガサキについて知っています。何万人もの人たちが亡くなったのですね」
と手を合わせました。




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# by small-small-world | 2018-08-10 16:30 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)

王宮の丘を下り、カレル橋を渡れば旧市街です。

カレル橋の上は大変な賑わい
世界中からの観光客がそぞろ歩いていて、ちょっとしたお祭り気分です。

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似顔絵かきや音楽を奏でるグループも

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ブルタバ川の対岸に見えるのは国民劇場
数日後にオペラを見に行くことになっています。

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カレル橋のたもとからの王宮の景色、とても美しいです。

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カレル橋から火薬塔までの道はかつて国王が戴冠の時にたどったという「王の道」
建物の1階は土産物屋やレストラン
観光客で大変なにぎわいです。

何軒か見かけたのはTredelnikの店
パン生地をこね、細く伸ばし、棒にまきつけてくるくる回しながら焼いています。
そこにアイスクリームを入れて、出来上がり。

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食べているうちに溶けたアイスクリームが底からこぼれだし、大変でした。
大急ぎで食べるべし!
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旧市庁舎にある天文時計
修理中で幕がかかっていました。
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と、急に空に真っ黒な雲がかかり、雨が降り出しました。
ガイド役のヤンさんと大急ぎで別れを告げ、市民会館まで急ぎ足で向かいました。

ランチは市民会館1階のKavarna Obercni Dum で。
雨のせいもあり、混んでいました。気楽な感じのレストランでした。
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半日のウォーキングツアーでしたが、ガイドもよく、充実して過ごせました。

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# by small-small-world | 2018-08-10 11:56 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)

さてプラハをどのように歩きましょう。
街の感覚をつかむために今回は事前に半日のウォーキングツアーに予約しました。

朝8時半、指定された集合場所、ヴァーツラフ広場の聖ヴァーツラフ騎馬像前へ。
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ガイドは日本語堪能なチェコ人のヤンさん。
陶芸を学ぶために佐賀に滞在されたことがあるそうです。

参加者は私たち二人と長野県からのご夫婦、計4人。
お二人はザルツブルブ、ウィーンを経由してプラハに入られたとのこと。
それぞれの町でウォーキングツアーに参加する方法で周遊されているそうでした。
日本からいわゆるツアーに参加すると、時間的に制限があり、食事もあてがわれている感じがするので、
個人旅行の賢い方法だと思いました。

さて、ヴァーツラフ広場から地下鉄とトラムでプラハ城へ。
ゲートには長い行列があり、所持品のチェック。
20年前と違い、世の中が物騒になっているのでしかたがありませんね。

城門では定時に行われている衛兵の交代式
一昨年のエディンバラ同様、中国からの観光客のパワーに圧倒されました。

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大統領府の旗
大統領が国内におられる時には掲揚されているそうです。

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城内にそびえたつ聖ヴィート大聖堂
高さ96メートルのゴシック様式の尖塔。王宮内にあるにしては巨大なものです。
もとは930年に建立されたロマネスク様式の円形の聖堂だったそうですが、1344年にカレル4世が1344年に現在の巨大な聖堂に建て替えたのだそうです。

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堂内のステンドグラスの一面はミュシャのデザイン。
明るくスマートなデザインです。

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重さb2トンもの純銀製の巨大な像は聖ヤン・ネポムツキーの墓碑。
酸化して黒ずみやすい銀製。磨き上げておくのは大変なことでしょう。
聖ヤン・ネポムツキーは王妃の懺悔を国王に漏らさなかったことから舌を抜かれ川に投げ込まれた14世紀の宗教者。
こんなにも巨大で立派な墓碑が作られているのはどうしてなのでしょう。

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聖ヴィート大聖堂内には聖ヴァーツラフの墓所でもある聖ヴァーツラフ礼拝堂
この中のどこかに保管されているのは聖ヴァーツラフの王冠
カレル4世のために制作され、ボヘミア王の戴冠のみに使用されたもの。
保管場所は7つの鍵で施錠され、その鍵は大統領、プラハ市長、大司教など7人の要人が保管しているそうです。
5年に一度だけ公開されるそうですが、長蛇の列ができるそうです。

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これがその王冠
王宮内にレプリカが展示されていました。
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16世紀まで国王が居住した王宮内のヴラジスラフホール
天井のアーチのデザインが美しい。
当時のヨーロッパでは最も広いホールで、戴冠式、舞踏会、時には馬上試合にも使われたそうです。

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城内のほぼ中央にある城内で最も古い聖イジー教会
こじんまりとしたロマネスク様式の建物で前面の赤い色合いが魅力的でした。

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城内で一番混みあっていたのは黄金の小道
色とりどりに塗られた小さな家々、今ではそれぞれお土産やクラフトを売る店になっていました。

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高台にあるプラハ城からはプラハの町が見渡せます。
ヴルタヴァ川に沿った美しい街です。

丘の斜面には葡萄畑。
王宮の斜面に畑とは意外ですが、日当たりがよい場所です。
かつてここを所有した人は大戦後の体制を嫌いアメリカに逃れたそうで、
その後は国が管理しているそうです。
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# by small-small-world | 2018-07-26 16:19 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)

プラハへはヘルシンキ経由で。
ヘルシンキ経由は体力的に楽ですね。

プラハ到着は18時45分。
空港バスでプラハ中央駅へ。
まだまだ明るくて、地図を見ながら歩いてホテルに無事。

一休みして外に出てみました。
ホテルは火薬庫や市民劇場のすぐそば。
ライトニングされた市民劇場あたりは観光客でにぎわっていました。(写真奥は火薬庫、手前は市民会館)

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行列の出来ている気軽そうなレストランに入ってみました。
V Kolkovne というビール会社直営のレストランのようでした。
プラハ到着を祝いビールで乾杯しました。

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# by small-small-world | 2018-07-26 16:15 | チェコ&ドレスデン 2018 | Comments(0)